「ブルー・ライト・ヨコハマ」が大ヒットした筒美京平さんのもとには、それこそ「『ブルー・ライト・ヨコハマ』っぽい曲を……」といったような依頼をはじめ、さまざまな楽曲提供のオファーが殺到するようになりました。それらの大部分は、中学時代からの長いつきあいであり、「ブルー・ライト・ヨコハマ」はもちろんのこと、京平さんが最も多くの楽曲で組んだ、作詞家・橋本淳さんとのコンビによるものでした。
そういった中には、既にスターとしてのステイタスを確立していたアーティストに《新しい色合い》というか、持ち味を加えるような役割のものも少なくありませんでした。
2023年、歌手業からの引退を表明した橋幸夫さんもそのひとりで、1969年の時点でデビューから10年、後に氷川きよしさんに受け継がれた股旅ものから、その時代ごとの洋楽のトレンドを歌謡曲のフィールドに取り込んだ「恋のメキシカン・ロック」などのリズム歌謡、さらにはGSサウンドまで自家薬籠中のものにしてきた橋さんが、さらなる新たなコラボレーションのお相手として指名したのが京平さん、そして橋本さんのコンビでした。
まずは「ブルー・ライト・ヨコハマ」の大ヒットが続き、GSの始祖・ブルー・コメッツに提供したムード歌謡調の「さよならのあとで」もブルコメ久々の大きなヒットとなった直後の1969年3月、やはりムード歌謡色が濃厚な「京都・神戸・銀座」がリリースされ、これがオリコンでトップ10ヒットを記録。このヒットに続ける形で同年12月にリリースされたのが、パリを舞台に、センチメンタルな歌詞、おしゃれなメロディーラインに歌謡曲のエッセンスをまぶした「東京-パリ」でした。
この「東京-パリ」は「京都・神戸・銀座」ほどの大きなヒットにはならなかったものの、橋さんにも京平さんにもお気に入りの一曲となったようで、京平さん名義で翌1970年にリリースされた2枚のインスト・アルバムに収められています。
ひとつは『ヒット!ヒット!ヒット! 知らないで愛されて/恋人』。
このアルバムは、基本的には他の作曲家の方の作品を京平さんがアレンジし、小編成のオーケストラが演奏したもので構成されていますが、その中で唯一採用された京平さんの自作曲が「東京-パリ」。
他の曲でもフィーチャーされているアコーディオンの音色が、パリらしいムードを盛り上げています。
そしてもうひとつが、全曲自作曲で、京平さんご自身がオーケストラをバックにピアノ、もしくはチェンバロを演奏している重要作『ヘッド・ライト~筒美京平作品集』。
このアルバムで聴くことのできる「東京-パリ」は、かつてピアニストを志していた京平さんの、繊細かつダイナミック、そしてドラマチックなピアノ・ソロを堪能することができ、実に感動的です。
これら2枚のアルバムは、『筒美京平ソロ・ワークス・コレクション コロムビア編』というCDにまとめられており、残念ながらサブスクで聴くことはできないようですが(2023年3月現在)、機会があればぜひ、お聴きいただきたいと思います。
さて、1969年から1970年にかけての京平さんは、今日まで流れ続けているTVアニメ『サザエさん』のオープニング・エンディング(林春生さん作詞)や、朝丘雪路さん「雨がやんだら」、いしだあゆみさん「あなたならどうする」などでコンビを組んだなかにし礼さんなど、橋本淳さん以外の方とのコンビ作でも実績をあげ、やがて“黄金の1971年”を迎えることになるわけです(京平さんのスゴいところは、この後も複数回、時代を超えて作曲家としてのピークを迎えたことにもあるのですが、そのあたりのお話は、また別の機会に……)。
この1971年・昭和46年の京平さんのご活躍は、まさに神がかったもので、阿久悠さん作詞の尾崎紀世彦さん「また逢う日まで」、北山修(現・きたやまおさむ)さん作詞のマチャアキこと堺正章さん「さらば恋人」、そして橋本淳さん作詞の平山三紀(現・平山みき)さん「真夏の出来事」という、上半期にリリースされた3曲がすべて大ヒットし、ご存知の通り今日ではいずれもスタンダード・ナンバー化しており、とりわけ「また逢う日まで」は日本レコード大賞を受賞するなど、音楽各賞を独占。まさに「確変が止まらない」というか「チェリーが3つ、連続して並ぶ」というか、そのような状態だったわけです。
京平さんはこのあたりのメガヒットの数々を自らアレンジしたインスト・アルバム『筒美京平の響』を、1972年の初頭、CBS・ソニーからリリースしており、多少「制作時間のなさ」が反映された、ややラフな仕上がりではありましたが、この時点での自らの作曲家としてのお仕事を総括するような内容となっていました。
そしてこの直後、京平さんは同じCBS・ソニーからもう1枚、宝石箱のような珠玉のインスト・アルバムをリリースすることになります。
それが『青春のハーモニー』。
ソフト・タッチの、ポップでジェントルなサウンドが、心にやさしく響いてきます。
『筒美京平の響』とは一転して、当時は“よしだたくろう”表記でアーティスト活動を行なっていた吉田拓郎さんの自作ヒット「結婚しようよ」、そして洋楽ヒットでコカ・コーラのCMソングでもあった「愛するハーモニー」の2曲以外はすべて、京平さんの自作による、オリジナル曲多めの自作曲。自作ではない2曲を含め、すべての楽曲のアレンジにちょっとした遊び心が込められていて、クリエイターとしての京平さんの中での《本筋》は、この『青春のハーモニー』の方だったのではないかと推察することができそうです。
この『筒美京平の響』と『青春のハーモニー』は、『筒美京平ソロ・ワークス・コレクション ソニー編』という1枚のCDにまとめられており、サブスクで聴くことも可能となっています。
さて、この2枚のインスト・アルバム以降の京平さんは、アイドルからベテラン勢まで、幅広いアーティストに楽曲を提供し、その多くがヒットするという、ほぼ順風満帆な歩みを続けていましたが、やがて世は空前のディスコ・ブームを迎えることとなり、京平さんもまた、そのムーヴメントに対応した動きをみせることとなるのですが、それについてはまた、次の章でお話することにしましょう。(つづく)