ここに、1枚のCDがある。
いや、厳密には「以前、図書館から借りたCDの音声データ」がある。
いずれにしても、今日では単独での入手が難しい、1991年、CDと書籍とのセットで販売された『小学館CDブック 昭和の歌』の中の、1枚のCDだ。
通し番号は第19巻、サブタイトルは「バラが咲いた」。
収録曲は以下の通り、なのだが………。
01. バラが咲いた/マイク真木
02. 若者たち~空にまた陽が昇るとき~/ザ・ブロードサイド・フォー
03. 夕陽が泣いている/ザ・スパイダース
04. この広い野原いっぱい/森山良子
05. 君に会いたい/ザ・ジャガーズ
06. いつまでもどこまでも/ザ・スパイダース
07. 神様お願い!/ザ・テンプターズ
08. 小さなスナック/パープル・シャドウズ
09. エメラルドの伝説/ザ・テンプターズ
10. 禁じられた恋/森山良子
11. フランシーヌの場合 (New Recording)/新谷のり子
12. 別れのサンバ/長谷川きよし
13. また逢う日まで/尾崎紀世彦
14. さよならをもう一度/尾崎紀世彦
15. メリー・ジェーン/つのだ☆ひろ
16. 個人授業/フィンガー5
17. たそがれマイ・ラブ/大橋純子
18. おやじの海/村木賢吉
19. ダンシング・オールナイト/もんた&ブラザーズ
このCDは全曲、かつて日本ビクターの子会社で、フィリップスというレーベル(近年は家電のブランドとしておなじみかも)が特に知られており、現在はユニバーサルミュージック(日本)に吸収されている、日本フォノグラムの音源を使用しており(※)、ほぼ年代順の収録により、1枚通して聴くと、いわば「昭和後期からの、今日のJ-POPにつながる流れ」が体感できる仕組みになっているのだが、やはり収録曲を最後まで見ていくと、どうしてもある種の違和感を覚えずにはいられない。
ありていに言うならば、こういうことである。
「なぜここに、『おやじの海』が???!!」
確かに「おやじの海」は、このメーカーからリリースされロングヒットした楽曲なのだが、ここまでの17曲とはガラリと趣を変えた、超ドメスティックかつ素朴なド演歌である。
冒頭、まず聞こえてくるのは尺八の音。
それに続いてアコースティック・ギター、そして「よいしょっ、よいしょっ」と抑えたトーンで連呼する男性たちの声。
そこへ村木賢吉さんの、ところどころなまっていたりして実に素朴な歌声が、聴こえてくるのである。
ひとつ前、筒美京平さん作編曲、大橋純子さん(ご冥福をお祈りします……)が熱唱するシティ・ポップ歌謡「たそがれマイ・ラブ」が、繊細なシンセサイザーの音とともに締めくくられた、そのほんの数秒後、ヌルッと耳に侵入してくる尺八の響き。
さらには「よいしょっ、よいしょっ」。
そしてダメ押しの、“海はヨ~~~、海はヨ~~~♪”………。
いささか、ドギマギせずにはいられない。
まさにこれは音楽の異物混入、カフェラテに一味唐辛子……などと、瞬間的には思いもするのだが、いや、ちょっと待てよと、どこかの木村さんではないが、心の中で声がする。
聴き進むうち、この「おやじの海」、心に癒しをもたらしてくれる。
いわば、ヒーリング演歌なのだ。
やがて村木賢吉さんの「いい味出してる」歌が終わり、「よいしょっ、よいしょっ」のかけ声も静かにフェイド・アウトして行くと、最後の「ダンシング・オールナイト」が始まる。
大橋純子さん同様、2023年に亡くなられたもんたよしのりさんの、カスカスでありながらもやはり「いい味出してる」ヴォーカルで、このCDは締めくくられる。
で、ふと思い出したのだが、この「ダンシング・オールナイト」、リアルタイムで演歌系の歌い手の方々がこぞってカバーしたがっていたのだった。
森さんも八代さんも五木さんも、歌番組やコンサートなどで、やたらと歌っていた記憶がある。
当然、楽曲そのもののカラオケスナックなどとの親和性も高い。
いわゆる“歌謡ロック”なのだが、演歌系の歌い手どころかリスナーまでもトリコにしてしまった「ダンシング・オールナイト」だからこそ、「おやじの海」のあと、このCDを無事に締めくくることができたのかもしれない。
そして実は、このCDの中で「おやじの海」を無事に(?)サンドしている大橋純子さん、そしてもんたよしのりさん率いるもんた&ブラザーズ、このふた組とも当時、サブちゃんこと北島三郎さんの“北島音楽事務所”に在籍しており、非常に深いところで《にっぽんの心》を共有していた、ということができるのではないだろうか。
そんなサブちゃんの、造り手としての進取の精神は、およそ15年の歳月を経て、まったく意外な形で花ひらくことになるのだが、それはまた、別の話ということで。(ゆるやかにつづく)
《Memo》
・コロムビア盤がヒットした後の再録音版である「フランシーヌの場合」以外は、ヒットしたオリジナル・バージョン。有線を中心にロングヒットした「メリー・ジェーン」は、シングルでは一部カットされた間奏がノーカットで収録されているアルバム・バージョン。
・「また逢う日まで」「たそがれマイ・ラブ」は、筒美京平作編曲。
・全曲、かつて日本ビクターの子会社で、フィリップスというレーベルが特に知られており、現在はユニバーサルミュージック(日本)に吸収されている、日本フォノグラムの音源を使用。
ちなみに、寺尾聰が在籍していたザ・サベージの「いつまでもいつまでも」、ザ・カーナビーツの「好きさ好きさ好きさ」、皆川おさむの「黒ネコのタンゴ」なども、この会社発の(特に「黒ネコ」は後の「およげ!たいやきくん」や「だんご3兄弟」的な)大ヒット曲である。
※音源によっては異なる会社が管理している場合もあり、このCD前半のほぼ全曲の原盤は、今日ではシンコー・ミュージックが管理し、主にテイチクエンタテインメントから発売されている。