「アポロ計画」とは、アメリカ航空宇宙局(NASA)による人類初の月への有人宇宙飛行計画である。1961~1972年にかけて実施され、全6回の有人月面着陸に成功した。
注目されるのは、火災事故で3人の宇宙飛行士が地上で亡くなったアポロ1号、初めて地球の姿を宇宙から撮影することに成功したアポロ8号、宇宙船の爆発事故により月面着陸せずに帰還したアポロ13号です。また、初めて月面車を
使用し広範な地質学的調査を行ったのはアポロ15号です。
アポロ11号で、人類は地球の歴史上初めて地球以外の天体の上に降り立ち、船長ニール・アームストロングは以下の
言葉を残しました。
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。」
当初の計画では20号まで予定されていたのですが、予算削減で17号で「アポロ計画」は完了しました。
この時代は、第二次世界大戦が終結し、自由主義を掲げるアメリカと社会主義を標榜するソ連が対立し、冷戦が続いていた時期でした。1957年、ソ連が世界初の人工衛星「スプートニク」を打ち上げたことに刺激を受けたアメリカが
技術開発でソ連に力を見せつけるための「アポロ計画」でした。地球上の政治の問題が宇宙開発にも影響を与えていました。
しかし、いづれにしても「アポロ計画」は人類の科学技術を結集させた一大事業で画期的な出来事であることには変わりはありません。