マボロシ

小学校前から横浜駅に向かうバスの途中、海抜ゼロメートルの標識を見つけた。ずいぶん内陸側に。

昔はここまで海水が来ていたということ?おかしい、地球温暖化で極地の氷は解け、海水面は上昇しているはず。

それはつまり、海水が、寄って行ってるということか、日本の反対側へ?それはつまり自軸がずれているということ?地球の傾きが変わったら地場はズレ、天気は変動し、なにより、時間が狂いだすのではないか?時は入り乱れて時空警察官になるのだと電気治療を受ける前本気で思った。今は海抜ゼロメートルの意味を姉に教わって、違うのだと分かった。

それでも、この疑問は残る。

時の流れはどの方向を向いていてすべての人に平等に与えられているのだろうか、時間は平等に存在する。本当に?なにも確かなものなど存在しない。今、人はメディアがなければ、自分が今どの時代のどこの空間に位置しているか、分からないだろう?

私はカプグラ症候群というものだとフランス帰りの医師は言った。

でも、本当に違う世界を垣間見たと、思ってる。時の歪みをさ迷い歩いた、

その世界で起こったこと、聞いたこと、覚えてる。

父も母の思い出も、話し方も筆跡も、料理の味も苦手な動物も好きな洋服の種類も、暗算のスピードも何もかもが違くて、テレビの情報も、少しずつ少しずつズレていて、違う選択をした彼らがいた。

それはまるで、空間が一つではない事を、パラレルワールドの存在を感じさせた。

それは、人はその生を人生を自分で望んで選び取っているのだと、強く思わせた。互いの希望が交錯し、世界は無数の選択を繰り返して現在を、今日を作り出している。人は霊を宿しているのだと、そしてそれは、入れ替わり立ち替わり、成長と、後退を繰り返してるのだと、確信めいて、思った。何も難しい話じゃない。細胞は一定の周期で滅び、再生を繰り返すというだろう。

脳に鎮座する霊がいて、その統率が揺らいだ時、他の霊が主導権を巡ってせめぎ合う自我が崩壊しないためには

自分を形作るすべての霊(細胞)に優しくあるいは厳しく導くことが必要なのかもしれない。

認知症の患者はなぜあなただあれ?と訊くのだろうか、脳の統率を考えるとき、老いた自分に別れを告げたのか、或いは、社会との関わりの薄くなった彼らを餌食に魔のものに乗っ取られるのか、違う空間へさまよい出るのか。いたたまれない、あの気持ちを、私は知った。怖くて恐くてコワくて苦しみしかないあの世界、一人ぼっち、昔のことは、いや、以前いた空間のことはハッキリと、覚えてる。でも目の前のこの人は母に似てるけれど母とは違う。

もしかしたら本物の父や母はどこかで労働を強いられてるのかもしれないそれをつなぎとめているのは名前と数字なんだ。家族の生年月日を計算して正確な数字を出そうともがいた。ペンのないガラス張りの病室で何度計算しても合わない数字に絶望しながら私が救わなければならないのだと焦燥し絶望し、緊張が常に張り詰めていった。病院とは恐ろしいところだ。複数の空間が入り乱れている出会う度看護師の様相が変わるのは違う空間の看護師だからだろうか。正気じゃいられなくなる。会うたびに変わってしまう、人かも分からない恐ろしいものに何を相談できるというのか、医師は本当は知っているのではないか?

人ではないものの存在を。

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tsuna

初めまして つなと申します。新しく生まれた私の名前。 生まれる前の記憶も書いていく▲ 深い示唆に富む万物、哲学が好き。 もしかしたら初めましてじゃないかも 通り過ぎる人波の中 幾億の人に出会っただろう あなたの記憶に私がいなくても また会おう*

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