ちあきなおみ、というその名前、その響きから、あなたはどんなことを連想するだろうか。
「誰?」「何?」という人。
「美川憲一といっしょにCM出てた」という人。
あるいは「昔、コロッケがよくサイレントでマネしてた人」、なんて答えも、あるかもしれない。
でなければ「いつものように幕があき~、の人」だとか、近年では「おいでおいで、の人だ!」、などという回答もあるだろう。
そんな、伝説の歌姫・ちあきなおみ。
彼女がマイクの前を離れ、私たちの前から姿を消して、かれこれ30年が経とうとしている。
それが今回、彼女が歴代在籍したレコード各社の共同企画により(もちろん、彼女自身の承諾もあったはず)、レコードデビューから無期限の休業に入るまでの大部分の音源が、サブスクにて解禁となったのだ。
あまりにも広いその歌の世界は、どこから入ってもハマること間違いないが、本稿ではその目安になりそうな、ちょっとしたガイドのような役目を果たせたら……と思っている。
とりあえず、まずはひとつのプレイリストを、Spotifyで作成してみた。
ちあきなおみ・プレイリスト
『ちあきなおみ・再入門』
01. 夜へ急ぐ人(友川かずき作、編曲:宮川泰)
02.禁じられた恋の島
03.今日で終って
04.あいつと私
05.ふたり自身(阿久悠作詞・筒美京平作曲、アルバム『かなしみ模様』より)
06.星影の小径(アルバム『港が見える丘』より)
07.花吹雪
08.夕焼け(河島英五作、演奏:ゴダイゴ、アルバム『あまぐも』より)
09.色は匂へど(伊達歩作詞・筒美京平作曲)
10.冬隣(ふゆどなり・アルバム『伝わりますか』より)
11.夜へ急ぐ人~アルバムバージョン~(演奏:ゴダイゴ、アルバム『あまぐも』より)
一見、ちょっと変わったプレイリストだと感じるかもしれない。
確かにここには「四つのお願い」も「喝采」も「劇場」も「夜間飛行」も「円舞曲(わるつ)」も「かなしみ模様」も「さだめ川」も「矢切の渡し」も「紅(あか)とんぼ」も「黄昏のビギン」も「紅い花」も、入っていない。
このプレイリストの大部分は、いわばそれらの有名な曲たちを優先した時、リストからこぼれてしまう、そんな楽曲たちだ。
しかしながら、そこはちあきなおみである。
聴いていただいた時の充実感は、有名曲だらけのリストに決して引けを取らない。
そう信じている。
最初と最後に置いた「夜へ急ぐ人」は、いわば《つかみ》兼《入口と出口》である。
情念まるだしのシングルバージョンと、ゴダイゴの演奏により、サウンド的にはほぼシティ・ポップと呼んでも差し支えなさそうなアルバムバージョンとの「違い」を、味わっていただきたい。
「禁じられた恋の島」「今日で終って」「あいつと私」は、それぞれ「喝采」の前後にリリースされながら地味な成績となった楽曲たち。軽さ、あるいはダルさと共に、どこかに情念を感じさせたりもするちあきの歌唱に注目してほしい。
「ふたり自身」と「色は匂へど」は、ポップス歌謡の第一人者であった筒美京平のペンによる作品で、特に「ふたり自身」はアルバム収録曲ながら(だからこそ?)、超アップテンポと呼んでもいい軽さと激しさをもって、「ひと皮むけた、ちあきなおみ」が堪能できる、要チェックの一曲といえるだろう。また「色は匂へど」は、CDの時代に入ってからの楽曲だが、流れるようなサウンドとメロディーラインの中を自由に漂う彼女の歌唱に「おとなのポップス」としての余裕が感じられる佳品だ。
かつて、冒頭部分がコーヒーのCMに使用され強い印象を残した「星影の小径」は、戦後まもなくのヒット曲を新しいテイストでカバーした一曲。このラインは後に「黄昏のビギン」へと結実することになる。
桜、そして卒業の季節が来るたびに、TBSラジオの長寿番組として愛された『大沢悠里のゆうゆうワイド』の中で必ずオンエアされていた「花吹雪」。
卒業して帰郷する若者と、それを機に営んでいた小さな店を閉め、自らも自分の郷里へ戻ることを決めた、おそらく少し年上の女性との別れを、美しく描いている。
ストリングスの調べの中、ひたすらまっすぐで真摯なちあきの歌唱が、胸を打つ。
「夕焼け」は、ちあきがコロムビアに残した最後のアルバム『あまぐも』の収録曲。
このプレイリストで重要な位置を占める「夜へ急ぐ人」を提供したフォークシンガー・友川かずき(後にカズキ)の提供作品と、自作の「酒と泪と男と女」、阿久悠・森田公一のコンビによる「時代おくれ」などで知られ、今なお急逝が惜しまれる河島英五の提供作品を半分ずつ収め、バックの演奏はゴダイゴという最強の布陣で、ちあきも思う存分、歌い込んでいる。
その「思う存分」が、特に目立っているのが、この河島作品「夕焼け」である。
ちなみに『あまぐも』収録の河島作品はほとんどすべて、いわゆる「男歌」だが、歌うちあきは実に気持ちよさそうだ。
さて、ラスト前には、少し迷ったのだが、やはり入れておくべきかと意を決し、無期限の長期休業に入る前、ちあきが在籍していたテイチク時代の楽曲から「冬隣(ふゆどなり)」を置くことにした。
愛する人を亡くし、ひとり飲んでいる女性の想いの丈が綴られたこの曲の歌詞が、ちあき、そして彼女のプロデューサー的役割を果たしていたご主人の運命(ご主人の死後、ちあきは一切の芸能活動から遠ざかった…)を予言していたかのようで、いつ聴いてもなんともいえない心持ちになってしまうのだ。
そしてプレイリストは、シングルでのリリース版とはまるで印象が異なる、流れるようにポップなアルバムバージョンの「夜へ急ぐ人」で幕を閉じる。
最後に。
このプレイリストの作成者としては、ぜひここをきっかけとして、この文章の前半で挙げたような、ちあきなおみの代表的作品の数々へも、どしどし手というか耳を伸ばしてみていただきたいと思っている。
なにしろ、ちあきなおみの歌は半永久的に色褪せることがない、美しい花のようなもの、なのだから。(了、文中敬称略)