不安がポツリと落ちて波紋を迎え脈を打つ
どうして
どうして
どうして
私には哀歌がよく似合う
何度振り払ってもぬめるように影はいる。
恐怖はもうない。
諦めに近く微睡みに近しい。
ゆるゆると鎖が編まれていく最初は草だった。
いつの間にか鋼になって
いっそ心臓に突き立ててくれればいいのに
ただ足を絡めとるだけ
幼い頃あの子は言った
悲しそうに笑う私の笑顔がたまらなく好きだと。
私には哀歌がよく似合う。
誰の為?
泣き出しそうな焦燥の衝動
だれも呪わずに生きてゆきたい
誰のことも嫌わず、憎まず厭われず、すべてを凌駕し楽園への道を歩いていく
そこには
思い出話に花を咲かせる賢者たちの楽園がある
どんな苦しみもすべてはこんなこともあったねと笑い話になるから
だから神はいちいち人を助けたりはしない。
ただ影響力のある行動で示せるものにチャンスが多くやってくるのは、神が手を差し伸べるのは、至極当然のことで、人を我に返らせたり、気付きを与えたり、導いていけるものの願いを叶えてくれる。全体の益になるから。
良い人は短命だと昔の人はよく言った。
このステージでやれることをやり尽くしたら次の生が待ってる。
何度も生まれ変わって精神成熟を果たしたものが楽園への道を知る。
「愛は辛抱強くまた親切です。愛は妬まず、思い上がらず、自慢せず、みだりなふるまいをせず、自分の利を求めず、刺激されてもいら立ちません。愛は傷つけられてもそれを根に持たず不義を喜ばないで、真実なこととともに喜びます。愛はすべてのことに耐え、すべてのことを信じ、すべてのことを希望し、すべてのことを忍耐します。愛は決して絶えません。」聖書コリント第一13章4節~8節
これらを邪推なく身につけた先、人ならざる力を得ることを、私は知った。
脚の萎えた犬は立ち上がったし、ただの鋼は金色に輝きだした。
愛。それこそがすべて。信じる者に与えられるよ。
私を憎め、それであなたの我が子を傷つけずに済むのなら。そう思えたあの時
楽園への扉は確かに開いてた。
わたしは教えたよ。あなたは既に、知るものだ。
さあ、どうする?未来はあなたに委ねられている。