迫り来るAI時代におけるベーシックインカムとデジタル半減期通貨の意義

はじめに : シルビオ・ゲゼルと錆びるお金の思想

19世紀末から20世紀初頭にかけて活動したドイツの実業家、経済思想家であるシルビオ・ゲゼルは、貨幣が「利子」を生み、富の集中を助長する問題に注目した。そこで彼は、貨幣に「使用料」を課すことでその価値を一定期間後に減少させる仕組み、いわゆる「錆びるお金(Stamped Money)」を提唱した。この仕組みは、貨幣の流通速度を高め、経済全体の健全性を保つことを目的としていた。

ゲゼルの思想は当時革新的であり、1930年代の世界恐慌期にはオーストリアのヴェーグル市で実際に実験的に導入され、一定の成功を収めた。この実験では、期限が近づくと人々は貨幣を保持するのではなく消費や投資に回すようになり、地域経済の活性化に寄与した。

ゲゼルが「錆びるお金」を提唱した20世紀初頭では、一部の貧困層のための経済格差是正の意味合いが強かったのだろう。しかし、AIが進化した現代においてはどうだろうか。かつて事務職の必須スキルであったオフィスソフトの技能も、今後はCopilot(コパイロット)によって簡単な命令を出すだけで処理できるようになるだろう。これからの時代それを使いこなせる人が増えていき、多くの仕事が短時間で終わるようになる。その時に生き残る労働者は今の何%になるのだろうか。公共交通機関なども近い将来自動運転車へと移行していくことだろう。実際、イーロンマスク氏はサイバーキャブというロボタクシーの生産開始を2026年に定めて実用化に向けて動いている。

以上のように、今まさにAI(人工知能)の進化と普及により、多くの労働が自動化され、人間の労働需要が減少する時代が到来しつつある。従来の経済システムや貨幣の在り方を再考する必要性が高まっている。なぜなら過去に何度も説明してきたように、お金(貨幣)とは人々に労働を促すためのツールに過ぎないからだ。個人の尺度を図るためだとか過去の実績を数値化している云々とある経済学者が語っていたが、そんな小難しい話ではない。お金とは労働と消費のバランスを維持するための妄想上の価値を数値化したものに過ぎないのだ。その労働を人間がやらなくても良い時代がまもなくやってくる。もちろん、一部の専門職など、法律で守られた仕事は当面の間は生き残るだろうが、多くの人間は非独占業務に従事している。既にクリエイターのような人間にしかできない仕事と思われていたものでさえAIに代替される可能性が示唆されている。ライターや記者などの物書きに至っては時間の問題だろう。このような時代において所得の再分配や消費の促進を図る手段としてのゲゼルの「錆びるお金」の概念は再評価されるべきではないだろうか。

認知科学者の苫米地英人博士は「デジタル半減期通貨」という新たな概念を提唱している。これはデバイス上に保管したデジタル通貨に一定の半減期を設定し、時間の経過とともにその価値が減少する仕組みを持たせるものである。電子マネーの残高が時間と共に減少する仕組みと考えれば分かりやすいだろう。具体的には、半減期を365日と設定し、通貨量が時間とともに減少することで、保有者は通貨を早期に使用するインセンティブを持つことになる。これにより、消費や投資が促進され、経済の活性化が期待されるのだ。AIによる労働の代替が進む現代において、ゲゼルの「錆びるお金」の思想と苫米地博士の「デジタル半減期通貨」のアイディアは、経済の持続的発展と社会の安定に向けた有効な手段として注目できるものと筆者は捉えている。これらの概念を社会システムに組み合わせることで、新たな経済モデルの構築が可能となり、AI時代に適した社会システムの実現に寄与することができるはずだ。

以下でもう一度、AI時代におけるUBI(ユニバーサルベーシックインカム)の意味と意義について確認することにしよう。

第1章: AI時代がもたらす社会経済的変化

労働の自動化

AIとロボットの進化は、これまで人間が担ってきた多くの仕事を代替しつつある。特に単純作業や定型業務において、AI技術が圧倒的な効率性を発揮していることは先に述べた通りだ。この傾向は製造業だけでなく、サービス業や事務作業など多岐にわたる分野に広がりつつある。テスラが発表したヒューマノイド、オプティマスが一般企業でも使われるようになれば、これまで人間でなければ行えなかった作業も自動化されることだろう。結果として、労働市場では中間層の職業が急速に失われてしまうだろう。一方で、AI技術を開発・管理する高技能職に対する需要は増加しており、労働市場の二極化が進むことも予想できる。このような状況では、多くの人々が職を失い、収入源を確保する手段を失うリスクが高まることになる。

所得格差の拡大

AI技術の所有者や経営者、資本家は自動化の恩恵を最大限に享受し、富の蓄積を加速させるだろう。一方で、労働に依存して生計を立てている労働者層は収入が不安定化し、経済的な不平等が深刻化するはずだ。特に、技術を利用する立場と利用される立場の間に大きな格差が生まれており、社会的分断が進行している。この格差は、単に経済的な問題にとどまらず、社会的な安定を脅かす要因ともなり得る。不平等が拡大することで、政治的な不満や社会的不安が増大し、持続可能な社会の実現が困難になる恐れがあるのだ。

消費の停滞リスク

AIの普及と自動化が進む中で、雇用の減少に伴う消費意欲の低下が懸念されている。労働者の収入が減少すれば、日常的な消費活動が抑制され、経済全体の需要が低迷する可能性がある。このような状況が続けば、企業の収益性が悪化し、経済成長そのものが鈍化するリスクがある。特に、消費が停滞することは、経済全体に負の連鎖をもたらす可能性がある。需要の減少が供給の停滞を招き、さらに失業率が上昇するという悪循環が生じる危険性がある。

第2章: ベーシックインカムの必要性

最低限の生活保障

ベーシックインカムとは、すべての人に無条件で一定額の収入を提供する制度である。この仕組みは、労働の有無に関わらず最低限の生活を保障することを目的としている。AI時代において労働市場が急速に変化する中、この制度は人々の生活の安定を支える基盤となるだろう。特に職を失った人々や不安定な雇用形態で働く人々にとって、ベーシックインカムは経済的なセーフティーネットとして機能することになる。また、この制度により、仕事を失う恐怖から解放されることで、新しいスキルの習得や起業といった挑戦が促進される可能性もある。AIに労働を代替されたからと言って、学ぶことを放棄してはいけない。技術が進化する時代にこそ、使い手である人間が、彼(彼女)らAIを知り、日々の生活で活用する術を身につけるべきだろう。

消費の底上げ

ベーシックインカムが導入されれば、可処分所得が増加し、消費活動が活発化することが期待できる。これは地域経済の活性化につながり、経済全体の循環を改善する効果がある。特に中小企業や地域密着型のビジネスにとっては、安定した需要を生み出す要因となる。また、一定の収入が保障されることで、人々は将来の不安を軽減し、より積極的に消費活動を行うようになる。これにより、経済全体の需要が底上げされ、景気の安定化につながるのだ。

社会の安定

ベーシックインカムは、所得格差を是正し、経済的な不平等を緩和する手段としても有効である。この制度により、社会的な不満や緊張が軽減され、犯罪率の低下やそれによってもたらされる社会的コストの削減といった二次的な効果が期待される。さらに、ベーシックインカムは、社会全体の連帯感を高める可能性がある。すべての人が平等に収入を得る仕組みは、共通の社会的基盤を築く助けとなり、持続可能な社会の実現に寄与するのだ。

第3章: デジタル半減期通貨の可能性

もし使わないと減るお金を持っていたら?

この半減期通貨をユニバーサルベーシックインカム(UBI)に適用すると、以下のような流れになる。

苫米地博士が提唱するデジタル半減期通貨は、先に説明した通り時間が経つにつれて所有する金額が減少していくという仕組みだ。 例えば、1年で半減する設定の場合、毎日約0.2%ずつ通貨量が減っていく。 これはインフレ対策として有効だ。従来の通貨では、お金持ちが金利で利益を得る一方で、貧困層は金利を支払う必要があり、結果として貧富の差が拡大していくという問題があった。 しかし、半減期通貨では通貨量が減少していくため、貯蓄することの意味が薄れ、お金を積極的に使うインセンティブが生まれるのだ。

  • 中央銀行が国民全員に毎月一定額の半減期通貨を支給する。 例えば、毎月20万円を支給するものとしよう。
  • 国民は支給された半減期通貨を自由に使うことができるが、ゴールドや暗号資産などの金融商品には使えない。毎日少しずつ通貨量が減っていくため、貯蓄よりも消費に回す可能性が高まる。
  • 消費が促進されることで経済が活性化し、GDPの増加につながる。
  • 一方で、減った分の通貨は中央銀行に回収される。 つまり、中央銀行はUBIの財源を自動的に確保することができる。

このシステムを導入することで、税金が不要になる可能性が高い。 2020年の実績では、日銀が約400兆円の通貨を供給しており、これを国民全員にUBIとして支給すると、1人あたり毎月32万円を受け取ることができる。 この場合、年間で約200兆円が中央銀行に回収されるため、日本の一般会計予算(約100兆円)を余裕で賄うことができる計算になる。

一方で、スマートフォンを持っていない国民への対応やプライバシー保護などの課題も存在する。 これについて苫米地博士は、スマートフォンを持っていない国民にはICチップを搭載した端末を配布し、既存のブロックチェーン技術を活用することでこれらの課題を解決できると主張している。 また、自身で開発した「草トーク」というプラットフォーム上で、半減期通貨を実装する準備も進めている。

デジタル半減期通貨のメカニズム

半減期通貨を既存のブロックチェーン上に実装する方法が最も現実的かつ容易であると言える。これは、ブロックチェーン技術が安全な取引を提供し、デジタル通貨の管理に適しているからだ。苫米地博士は、日銀デジタル通貨に半減期と自動送金機能を実装することを提案している。 しかし、既存のブロックチェーンを使うか、独自に開発するかは未定だ。 「草トーク」という独自のプラットフォームを開発したのも、半減期通貨の実装を進めるためのものであることは、前章で説明した通りだ。ブロックチェーン技術は、デジタル庁が目指す行政のデジタル化にも応用できる可能性がある。 例えば、行政手続きの透明化、データの改ざん防止、効率化などへの貢献に期待できる。しかし、ブロックチェーン技術の導入には、技術的な課題、コスト、法整備など、解決すべき問題点も存在することも覚えておきたい。

活かされるブロックチェーン技術とスマートコントラクト

関連する概念として「スマートコントラクト」への応用についてもここで付け加えておこう。スマートコントラクトとは、ブロックチェーン上で動作するプログラムで、契約条件を自動的に実行できる仕組みだ。例えば、半減期通貨の送金時に、あらかじめ設定された条件に基づいて自動的に通貨量を減らすといった処理を実現することも可能になる。スマートコントラクトは、先に述べたデジタル庁の目指す行政の効率化にも貢献する可能性を秘めている。例えば、補助金交付の際に申請条件を満たしていることをスマートコントラクトで自動的に確認し、迅速に支給処理を行うといったことも可能になるだろう。しかしこれにも導入に際してはセキュリティーの確保、法整備、社会的な合意形成など、解決すべき課題がいくつか存在する。

終わりに:デジタル半減期通貨のまとめ

メリット

デジタル半減期通貨の最大の利点は、貨幣の流通速度を向上させられることである。通貨が早く消費や投資に回ることで、経済全体の活性化が期待される。また、過剰な貯蓄を抑制し、経済活動を均衡化する効果もある。さらに、デジタル通貨であるため、取引の透明性が向上し、窃盗や詐欺行為を防ぐ手段としても有効である。通貨の価値減少があらかじめプログラムされているため、持続可能な経済モデルを構築するための一助となるだろう。

現代技術との統合

様々な課題は残っているものの、ブロックチェーン技術やスマートコントラクトを活用することで、デジタル半減期通貨の実現が現実味を帯びている。これらの技術は、通貨の運用における信頼性と効率性を向上させてくれるはずだ。また、デジタル通貨は中央集権的な管理を必要とせず、分散型ネットワーク上で運用されるため、コスト削減やシステムの柔軟性が期待できる。これにより、持続可能で効率的な経済システムを構築する可能性が広がるのだ。

新しい経済モデルの必要性

AI時代における課題に対応するため、ベーシックインカムとデジタル半減期通貨の導入は社会的・経済的に大きな可能性を秘めている。これらの経済モデルは、単なる所得再分配だけでなく、人々の生活を支え、経済全体の持続可能性を高める手段として注目に値する。

歴史的な知見と現代技術を組み合わせた未来の経済システムを構築するために、今こそ具体的な議論を進めるべき時であると筆者は考えている。これらの制度が実現すれば、より公平な社会基盤が築かれ、多くの人々が恩恵を享受する未来が開かれるだろう。完全自動化が実現するよりも早く、我々は労働と貨幣の意味について考え直す必要がある。現在、AIは加速度的な進化を遂げている。この記事を読んでいる人が数年後であれば、もうこの話も古くなっていることだろう。ひょっとしたらここで未来予想図として示した話も現実になっているかもしれない。そうなる前に人々がお金と労働についての価値観を見直し、より豊かに生きられる世の中になっていることを願っている。

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青山曜

過去には経済やお金に関するコラムを中心に書いていました。現在は英語学習系の記事やコラムを執筆中です。一緒に楽しく勉強して行きましょう!

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