毎度皆様こんにちは。
今回は世の中の「現実的」や「理想的」についての考察につきあってもらいましょう。
皆様も日頃「現実見ろよ」とか「夢見すぎだろ」などの冷笑系の言葉をぶつけられたことがあると思います。
ですがそういった「現実的」だけではうまくいかないことも様々なケースが存在することも事実。
そうした矛盾について私もいろいろと考察をしました。
そうトラブル対処やリスク対策、背伸びしない等身大の運用体制を続けて「正しい選択」を続けたはずなのに破綻したケースの理由は何だったのか?
完璧なプランニングは「現実的」で穴はなく完璧なモノだったのに。
様々な点から考え、この事態について私はひとつの仮説を建てました。
「”現実的”とは効率のいい消費のやり方だから」ではないか?です。
ロジックを詳しく見ていきましょう。
「効率的に業務や作業が捌いていける」というのは稼働するためのリソースや需要が潤沢な場合には正に「最適解」であることが多いです。
なのでガンガン消費して作業を合理化し、どんどん需要に応じた供給を行うことで利益も上がり続ける。
その状態は確かに「現実に即している」、つまり「現実的である」と言えるでしょう。
しかし合理化は永遠には続きません。
需要の変化やリソースの枯渇など「現実」は変化するものだからです。
その場合、「合理的な消化」を軸とする「現実論」では対応しきれないことも出てくるわけですね。
そのような時、どういった選択が必要なのか?
そう、未来に向けてのベクトルを決める必要が出てきます。
「市場のニーズにこたえる新商品を開発しよう」とか「今までにない画期的なサービスを始めよう」などです。
これが何かというと、正に「理想論」なのではないか?と私は考えるのです。
そして「理想論」を具体化するために「現実論」を元に経営ヴィジョンが決められることで「現実的経営」が成り立つ、という流れになるのです。
今回はここまで。
私も「自分ならではの現実」に縛られやすいので日々自戒していきたいですね。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
