東北地方の古い家々の奥深く、神棚や奥座敷にひっそりと祀られている二一体一対の木の人形。それこそが、家の守護神であり、衣服や農業の神様として信仰される「オシラサマ」です。
一見すると、家を優しく見守るありがたい神様ですが、その誕生の裏には、あまりにも切なく、そして凄惨な「禁断の悲恋」が隠されていました。
二一体で一対、謎めいた神様の姿
オシラサマは、桑の木で作られた30センチほどの棒の先に、顔を描いたり、あるいは馬や娘の頭部を形作ったりした一対の人形です。その上から「オシラタカゲ」と呼ばれる色鮮やかな布が、何枚も何枚も重ねて着せられているのが特徴です。
この神様は、普段は誰の目にも触れないように大切に保管され、一年の決まった日にだけ箱から取り出され、祈りが捧げられます。オシラサマが祀られている家は、養蚕(シルク作り)が栄え、食べ物に困らないと言われていますが、もし扱いを間違えれば、一転して家に恐ろしい祟りをもたらすとも言われています。
伝説の核心:馬と娘の「許されざる恋」
なぜ、オシラサマは「馬」と「娘」の姿をしているのか。それを示しているのが、岩手県などに伝わる悲しい民話です。
むかし、ある農家に美しい娘がいました。娘は、家で飼われていた一頭の「白馬」を深く愛するようになり、やがて二人は夫婦になってしまいます。
これを知った父親は激怒しました。人間と獣の恋など許されるはずがないと、父親は白馬を連れ出し、裏山の桑の木に吊り下げて殺してしまったのです。
悲しんだ娘が馬の首にすがって泣いていると、父親はさらに怒り、斧で馬の首を切り落としました。その瞬間、馬の首は娘を乗せたまま、天高くへと舞い上がり、そのまま雲の彼方へと消え去ってしまったのです。
残された親への「恵み」と「禁忌」
最愛の娘と馬を同時に失い、絶望した父親の前に、ある夜、娘が夢枕に立ちました。
娘は「庭の桑の木に集まる虫(蚕)に、繭を作らせなさい。そこから紡いだ糸で衣服を作れば、暮らしていけます」と告げます。これが、東北に伝わる「養蚕(ようさん)」の始まりとされています。
父親は、二人を忘れないために、あの桑の木で「馬の顔」と「娘の顔」を彫った一対の人形を作りました。これこそがオシラサマの正体です。
しかし、オシラサマを祀るには、絶対に破ってはならない「血の禁忌」があります。 オシラサマは、馬を殺された怨念と悲しみを宿しているため、「お肉」を極端に嫌います。もしオシラサマのいる部屋で四つ足の獣(牛や豚など)の肉を食べると、オシラサマが激怒し、人々の口が曲がったり、恐ろしい病が流行ったりする祟りが起きると信じられてきました。
結び:衣服をまとい続ける、二人の魂
今でも東北の家々で、オシラサマに新しい布を着せる「命日(めいにち)」というお祭りが行われています。布を重ねていくその儀式は、まるで天に昇った二人が、今でも寒くないようにと、人々が優しい衣服を着せ続けているようにも見えます。
華やかな布の奥に隠された、馬と娘の永遠の愛の記憶。
あなたがもし、東北の古い家で二一体の人形を見かけたら、その静かな佇まいに秘められた、情熱的な物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
