ピッツァの期限についての論争
昔、海外のお方とお食事をご一緒する機会があった時、
ピッツアの起源はうちの国だ、と言ってもめているのを耳にしました。
その方々は、イタリアとトルコとジョージアの方々でした。
イタリアの方は当然ピッツアはうちの国発祥だと主張し、トルコの方はうちの国のピデが元になったと主張し、ジョージアの方はハチャプリの方が昔からあったと言っておられました。
ジョージアのハチャプリの画像
この議論にスペインのお方が参戦したら、もっと賑やかになった事でしょう。スペインにも、「コカ」という平たいパンがあるからです。
学会で主流のピッツァ起源の説
しかし、大概の学者の先生方が支持しているピッツアの起源は、「古代エジプト」という説が主流という事です。
これなら、現在のどこの国の方もまんべんなく納得するしかないと思います。
バイブルにも、「平たいパンで客をもてなした」と書いてあるのを目にした事があります。
もともと、イースト菌で発酵させた現在欧州で食べられているパンの原型のようなものすべてが、元を辿るとエジプト発祥のようです。
パンからピッツァができるまで
穀類を粉にして水で練って焼いて食べる、というのはメソポタミア文明から始まりました。
その前はどうやって穀物を食していたかと言うと、お粥のように煮て食べていたようです。
それを、消化しやすく美味しくする為に、脱穀し、粉に挽いて、水で練って火で熱した石の上等で焼いたパンにするのは、チグリスとユーフラテスの川の間で始まった事という学説が今は有力です。
「ギルガメシュ叙事詩」にも「パンを食べなさい。それが人間の習わしです」等と書いてあったように思います。
そのパンの製法がエジプト文明に渡り、何かの偶然で放置しているうちにイースト菌が増殖して膨れた生地を焼いたものが、発酵させる現代のパンの始まりのようです。当時は、イースト菌を加える、というものではなく、放置しているうちに勝手にイースト菌が増殖する、というものでした。
その作り方から長い歴史を経て、平たい発酵パン生地の上に具を載せて焼いて食べる、というピッツァのようなパンがヨーロッパ各地で広まったようです。しかし、トマトソース、チーズ、ペパロニ、等などが乗ったピッツァは、今トップテンに入る人気のピザ、マルゲリータを発案した人の国であるイタリアが今の本場、という事になるのではないか、と個人的には考えております。
ピッツアの歴史