「自分の夢の部屋…どういう部屋に住みたいのか。理想の部屋を描きなさい」
そういった指令が下ったのは、小学校の高学年時代だった。確か…美術?の時間だった気がする。先生は理想の部屋を子どもたちに描かせ、それを廊下に展示し、優秀な作品には賞を与えた。
もし、今の大人になった私なら、もっとマシな絵を描けただろうと思う。
言い訳をするのなら、当時の私は非常に想像力や芸術的センスが乏しかったことを伝えておきたい。
いきなり理想の部屋を描けだなんて言われても、描けるわけがなかった。
そもそも部屋に理想も何もない。自分の部屋があるだけで幸せである。
部屋のデザインはもとより、家具の配置にすら大したこだわりはなかった。過ごしやすく、自分にとって好きなものがあればそれで良い。
良く言えばおおらかで、悪く言えばがさつだった。
絵も別に上手くない。でも、廊下に貼りだされるのなら、感心されるものを描きたい。
そんなことを考えながら描いたものが、消しゴムのベッドがある、真っ赤な部屋の絵だった。
こんな部屋、当時の私も今の私も全くもって住みたくない。頼まれたって、お金を払われたって嫌だ。
多分、当時の私は指令が下って描く段階となった際、大して何も思い浮かばず面倒くさくなったのだろう。もっと緻密に考えて描く忍耐力があれば、可愛らしい絵を描けたはずである。
どうして消しゴムのベッドがある、真っ赤な部屋を描いたのだろうか。考えられる理由として、色と家具の2点から見ていこう。
まず、色のこと。
赤はインパクトがある色だ。だから、真っ赤な部屋にしたのは「全体が真っ赤な部屋であれば人目を引くだろう」というサルの浅知恵に他ならない。
次に家具のこと。
消しゴムのベッドを描いたのは、「文房具のデザインを理想の部屋に描くなんて、向上心のある子どもだ」と大人たちが注目してくれるだろうと浅はかにも考えたからだと思う。
こうしてみると、当時の私は自分以外の他の子どもたちにというよりも、先生をはじめとする大人たちから評価を受けたがっていた。その着眼点に関しては、私は間違えていないと思う。
ただ、大人たちが見たかったのは「可愛らしい夢の詰まったお部屋の絵」だったことを当時の私は見落としていた。
私の絵には夢も何も詰まっていない。あるのは、大人の注目や関心を浴びたいという虚栄心だけだ。そんな絵、大人だけでなく子どもすら見向きもしないのは当たり前である。
当然のことながら、私の絵には何の評価も得られなかった。ただ、他の子どもたちと並べられて飾られた。
他の子どもたちの絵の無邪気さに比べ、私の絵はどこか不気味であった。描いた私ですら、「もう見たくない」と思った気がする。かわいげがまったくなかった。
「夢の部屋」というよりも、「悪夢の部屋」というタイトルがふさわしい。あの赤色が呪わしい。血のようである。消しゴムのベッドでなんか眠りたくないし、眠れない。
ちなみに賞を受けたのは、お姫さまが暮らすようなピンク色のお部屋の絵だった。かわいいふりふりのお部屋。
私だって、「呪われた赤い部屋」なんかより、「お姫さまのお部屋」に住みたい。
それは、昔だって今だって変わらない。
もっとデザインやおしゃれに関心のある子どもだったら良かったのに。
あの絵はどこかに行ってしまった。多分、捨てたのだと思う。
それでも、ふとたまに脳裏によぎるのだから、きっと、まだ私はあの部屋に呪われている。
終わり
