予言の話

1999年7月に、恐怖の大王が来て人類が滅亡すると言ったのはノストラダムスである。

「ちびまる子ちゃん」でも、この予言を扱ったエピソードがある。まる子をはじめとする子どもたちは怯え、テレビでも特番が放送されていた。かなり、大きな話題を呼んだことが伺える。

しかし、結局のところ、その予言は当たらなかった。このエッセイを書いている私も、このエッセイを読んでいるあなたも人類である。まったく滅亡していないことがわかる。

最近の話だと、2025年7月に大災害が来ると、たつき諒さんが漫画で描いたことが思い起こされる。

これも結局外れだった。大して何も起こらなかったのである。

予言というものは、当たらなければ何かしらの理由があって時期がズレているのだとか、解釈が違ったのだという話が後から湧いてくる。

例えばマヤ文明の予言も外れたが、「滅ぶのではなく、古い時代が終わって新しい時代に入るのだ」という解釈を、予言が外れた後で聞いた気がする。

大災害や世界の滅亡など、当たらなくて良かったと言うべきなのだろう。外れたということは、何も起こらなくて無事に日常を送れた証拠なのだから。

予言を聞くことで、色々な人が防災を意識するきっかけになったとも言える。

ただ、予言者は外した後に大変気まずい思いをしたであろう。

また、その予言に便乗して世間を騒がせるだけ騒がせた人々は非常に慌てたかもしれない。外れた後は何事もなかったかのようにふるまうのが大抵だ。それか、予言の新しい解釈をして、外したのではないと主張する。

今後も世界の人々が注目する予言はたくさん出てくるだろう。もしかすると、私が知らないだけで今現在もたくさんの予言が世界各地で伝えられているかもしれない。

私には、予言の真偽がわからない。愚かなので、面白いと思った予言は周りの人間と一緒になって話して盛り上がる。そしてそれが当たったら驚くし、外れたら「解釈が違ったのかも」と思って納得しようとする。

でも、もし今後の人生で私が何かしらの啓示を受けたのだとしたら、「嘘つき」呼ばわりされたくないので言いふらさない。それが人類や世界の存亡に関わることであっても言わない。

多分、両親にだけは話のタネとして打ち明ける。「これこれこういう夢を見たんだ」というくらいにして。
忘れられるなら、すぐに忘れるようにする。

そう思うと、私はまったく予言者には向いていない。
神も私を選ばないだろう。

多分、「こいつに伝えても無駄だな」と思われていると思う。

でも、まあ、それでいい。

平凡が一番だ。

終わり

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テオ

はじめまして。テオと申します。自閉症スペクトラム障害(ASD)です。主に物語とエッセイを書きます。よろしくお願いします。

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