車の免許を持っていない。したがって、車の運転はできない。
免許をとれる瞬間は、今までの人生においていくつかあったと思う。でも何かと理由をつけて取らなかった。今後も多分、取らない。
できることなら電車か徒歩でどこでも行けるようなところに住んで、一生運転なんかしない。車に乗せてもらうことはあったとしても。
私が車の免許を取らないことを疑問視する人は何人かいる。取るのが当たり前とでも言いたそうである。
でも、私は取りたくない。車に憧れなんてみじんもない。
私がそう思う理由をここで簡単に説明する。
理由はいたってシンプルだ。
責任を負いたくないということとお金がないということである。
まず、責任を負いたくないということについて説明していこう。
責任を負いたくない
車を運転することは危険である。速く移動できるのは利点であるが、事故を起こさないように気を付けなければならない。当たり前だと思われるかもしれないが、怪我人や死者も出かねないという点で非常に重要なポイントである。
物にぶつかって壊したり、自分も怪我をする恐れはある。
でも、何よりも怖いのは人や生き物にぶつかったり、はねてしまうことである。
もしも自分の運転する車で死傷者が出たら、本当に大変なことになる。同乗者に死傷者が出た場合も同様だ。多大なる責任を負わねばならない。最悪刑事罰を科される。
私は母の運転してくれる車によく乗らせてもらっているが「怖い」と思う瞬間はいくつかあった。それに、この硬くて重い乗り物をどこにもぶつけずに自在に操ることなど信じられない。やりたくない。
もしかしたら、老後の親を車に乗せてあげたらいい親孝行じゃないかと思われる人もいるかもしれない。でも、車に乗せることだけが親孝行とは限らないと思う。そんなに乗りたきゃ、タクシーを手配するぐらいはする。私が車を運転して、何かあっても絶対に責任は取れない。自転車の運転ですら危ういのに。
自動車事故のニュースはしょっちゅう世間をにぎわせている。実際に車の事故を見たこともある。
あまり、良いイメージを車に持っていない。怖い。
お金がかかる
車は高い。中古車であっても、私にとってはべらぼうに高い。購入するのは難しい。
それに、税金や保険料もかかる。維持費もかなりかかる。燃料費もかかる。
車はぜいたく品と見なされる。(そのため生活保護受給者の場合は例外もあるが、基本的に車の所有は認められていない)だから、所有しているだけでお金が飛んでいく。
こうした車のためのお金なんて、私にはどこにもない。生きるだけで精一杯だ。
やりくりするのはものすごく大変なのに、車のためのお金まで用意してたら首が回らなくなってしまう。
母が車検でお金がかかり、ヒイヒイ言っているところをよく見る。
気の毒だが、私にはどうすることもできない。
免許を取ったら、車を必ず買わなければいけないわけではない。
でも、やはり免許をとるためにはたくさんお金がかかる。
車を所有することだけでなく、免許を取るためのお金すら、私にとって正直難しい。
もしかすると親が免許を取るためのお金を出してくれる可能性も少なからずあるが、そうしてもらってまで取りたくない。
以上、車の免許を取らない(取りたくない)主な理由を2つ取り上げた。
確かに車は便利だし、交通が発達していない地方で暮らすのなら車は必需品と言える。
でも、私は嫌なのだ。車の免許を取りたくない。
申し訳ないが、この気持ちは変わらないと思う。
今後の人生、いつまで続くかわからない。
でも、多分、私は車の免許を取らないだろう。
終わり
