だいぶ前の幼い頃、父方の祖父母の家に行った。
祖父母の2階の部屋には古びたソファがあって、そのソファには何かしらの大きな毛皮がかかってあった。この毛皮は一体何なのだろう。犬のようだ。黄土色というか、茶色いというか…なんとなく年季が入ったものに思えた。
私は祖父にこの毛皮が一体何なのかについて尋ねた。すると祖父は笑いながら「昔飼っていた犬の毛皮だよ。死んだ後に取ったんだ」と答えた。
衝撃。犬を飼っていたことはどこかで伝え聞いていたが、その犬の毛皮とは…。死んだ後とはいえ、毛皮を剝ぐなんて怖いな…とも思った。
祖父の言葉を聞いてからしばらくは、その犬の毛皮がどこか不気味に思えたものである。
しかし、家に帰ってから家族にそのことを伝えると、「そんなはずはない。その話は嘘だ。からかわれたんじゃない?」と言われた。
今でこそ私は、多分祖父が孫をからかったのだということを理解している。
しかし、幼い私は長らく祖父の言葉を信じていた。あの純朴で誠実な祖父が私に嘘を吐くはずがないと変に信頼していたのである。
きっと、あの毛皮を作るときには涙なしには語れないヒストリーがあるのだ。大好きで大切な愛犬の死に涙し、そのまま遺体を燃やして埋めるのは忍びなくて毛皮を残したのだ…。こんな風に想像し、恐怖と感動を覚えたものである。
しかし、成長していくなかで父が実家で飼っていた犬の話をしてくれたとき、今まで想像していたヒストリーは完全に架空のものであったことにようやく気付いた。
父は飼っていた犬について「白い犬」と言ったのである。もしも毛皮の話が事実なら、二階にあった毛皮の毛は白いはずである。しかし、そうではなかった。
完全に祖父に担がされたことをようやく気付いた。
普段が純粋で誠実なだけ、祖父の嘘は真実味を帯びていた。ずるい。普段から、彼がホラ吹きじいさんだったのなら、私だって毛皮の話なんか真に受けなかったのに…。めずらしくホラを吹いたのだから、私が踊ってしまったのも無理はない。
よくも純粋な子どもだった私をだましてくれたな。そういう気持ちに至ったのは大人になってしばらく経ってからだった。
今では、祖父の家もあの毛皮ももうどこにもない。祖父ももうこの世の人間ではない。
だから「嘘つき」と責める方法もない。負け犬の遠吠え、ここに極まれり。
しかし、ここで何となく気になるのは、あの毛皮の正体だ。犬のようであったのだが、だとするならどこから手に入れたものなのだろう。買ったのだろうか?それとも…。
もしかすると、本当にもしかすると祖父の話は真実で父が産まれる前に犬を飼っていて、その犬が亡くなったときに作った毛皮なのかも…。本当にわからない。
真相は闇の中である。
終わり
