澄んだ夜の風がこの世の現実感をより際立たせている気がした。
藤御堂本家とはいってもそれほどの警戒はされていない様子だな。
フフフ…この広大で整備の行き届いたこの屋敷の中庭は「奴ら」の墓標を立てるにはちょうどいい空間だ。
そしてこれから異変が渦巻くこの場には私の様な異物こそがふさわしい。
自らの体を覆っている黒いボディスーツはひとり佇む男の姿を夜の静けさの中に溶け込ませていた。
それと男が着けている白い仮面には一筋の涙が意匠として刻まれていて、溢れんばかりの男の自己実現欲求がにじみ出ているように感じる。
いつまでも朝が来ないかのような宵闇の中、男は静かに来訪者を待つことにする。
舞台こそ借り物だが、今夜の主演は私だ。
この藤御堂本家の人間を器にすることで生まれる私の新たな人生をここから始める儀式。
その栄光の第一歩をこの新月の夜に刻むとしよう。
男は仮面から漏れ出しそうな歓喜と興奮を抑え込むとセッティングしてあった器具を稼働させ始める。
星明りだけの夜空を器具が放出する茜色の光が新たな絵柄に塗り替えていく。
その在りようは異質な彼の心の中を表現したような歪んだモノだ。
体内回帰を思わせる茜色の儀式場は彼の望んだ”英雄としての再誕”を叶えるために脈動し始めている。
…後はこの「異変」を感じ取れる”力有る者”が訪れて来るのを待つだけ。
その尊き天への捧げものが受領されれば私は運命をも従える存在となれる。
これからは思うがままの日々を紡いでいけるのだ。
男は自分の心に満ち溢れたる期待と願望を持て余して快哉の叫びを挙げた。
世界の歪みが彼を祝福さえしているような空気が彼を包み込んでいる。
駆除されるべき魔獣となった彼の咆哮は確かに運命を変えうる存在感を世界に向けて示していた。