…妙だな。
男は自分の張り巡らせた茜色の結界の鼓動を今一度確認して再度違和感を認知した。
展開した儀式場の一部がいつの間にか消しゴムで消されたように欠落しているのだ。
そして欠落した部分が次第に広まっていく。
展開した儀式場そのものが意思を持って何者かに道を譲っているかのように思える。
それは野生の獣が持つ本能的恐怖の表れに見えた。
先まで自分だけがこの世の主だと主張していた儀式場と儀式術は明らかに動揺しているように感じる。
ほう、これは…?
男は待ち焦がれた今夜の主賓の登場を感じて宵闇の中へ問いかけた。
「お待ちしていましたよ。まさか藤御堂家次期当主であるお嬢様直々に来ていただけるとは思っていませんでしたが。」
男の問いかけに対して黒髪ロングヘアの少女はあからさまな侮蔑の視線を投げ返して、一言だけ言葉を伝える。
「…ここは貴方の未来を保証してあげられる場所ではないの。手加減はしてあげるから自分の足で歩けるうちに飼い主の元へ逃げ帰るべきね。」
少女のあまりにも涼やかな言霊にさらされた男は今宵の舞台の幕が上がったことに感謝して一礼を返す。
静かに運命の歯車が回り始める音が、この藤御堂本家の広大な中庭全体に響いていた。