もはやためらうことも無いよね。
悠華は少女の口から紡がれる男のような声を聞き流しながら自分の意識の根本を確認した。
悠華の意識を掌握しようとする甘い空気と少女の声がま再度まとわりついてくる。
だが今度はしっかり対応できる。
悠華は自分の現実像を意識に投影し直し、意識掌握の異能効果を遮断する。
自らの意識領域の強さで勝負なら望むところだ…私の積み上げてきた日々はこの程度の紛い物に染められるほど安いものではないのだから。
悠華の意志力が次第に少女の作り上げた幻想を塗り替えていく。
母親の胎内を思わせる穏やかな空気は霧散していき、晴れ渡る青空のような清冽な風が吹いてきていた。
少女の作り出した「完全なるセカイ」が効力を失ってきているのだ。
少女はその様子を何とも言えぬ悲しそうな目で見届けると肩をすくめて一言つぶやいた。
「貴女はもっとロマンをわかってくれる人だと思っていましたが、貴女も所詮現実と言うモノに支配される側なのですね。」
少女は失望と侮蔑を込めた目で悠華を見据えた後、天を仰いで指を鳴らした。
その瞬間晴れ渡っていた青空から太陽の光が引き、満点の夜空が広がる。
「今日のところは痛み分けという形で幕を引くこととしましょう。また会う機会があったとき貴女の理想が欺瞞に染まっていないことを期待していますよ。ではごきげんよう。」
満天の夜空に溶け込むように少女の姿は消えていった。
それは問題の解決を意味する事では無い。
むしろこれからの運命の歯車が回り始めた事を悠華の意識に刻んだのだ。
敵の異能で創られた偽りの安息。
その存在があまりにも自分の心を揺るがしたのか悠華は自分の感情について受け止められずにいた。
夜空に瞬く星々の光がいつの間にか悠華の視界を埋め尽くしていく。
邂逅の奇跡はまばゆい閃光となった星々の光と共に幕を閉じる。
悠華は名残惜しさを感じる間もなく現実に引き戻されていった。
