いつもの日常の風景は意志疎通が不可能な魔獣の巣と化していた。
近寄ってくる黒服やメイド達は焦点があっていない虚ろな目に凶悪な深紅の光を漲らせ、その口元には不自然な歪みがあった。
まるで大好物を前にした野獣のように愉悦の表情を浮かべている彼ら。
いつの間にか肥大した腕や体躯は醜くその凶暴性を主張している。
参ったな…これは戦術的撤退も考えないといけないな。
悠華は自らの異能による鎮圧案がより不測の事態に繋がることを懸念して戦術を練り直す。
まずはこの場を離脱して知覚専門のエージェントに協力を仰いで事態の輪郭を把握しよう。
実際の打つ手を考えるのはそれからだ。
悠華の意識内でこれからの台本がまとまった次の瞬間、鮮やかな鮮血の花が自分の目の前に現れた。
自分の胸から異形の手が生えている。
悠華の口からも鮮血が飛びだして、ショック症状が悠華の意識を襲った。
いつの間にやられた…?
理解が追い付かなかった。
悠華の思考回路は因果関係を処理も許容もできていない。
しかし現実の事態は非情にも淡々と進む。
悠華の胸を貫いた腕は即座に抜かれて致命的出血をもたらした。
…これはさすがにしくじったかな?
まだやりたいことも成すべきこともいくらでもあったのに。
悠華の意識は抗う暇もなく混濁していく。
ごめんね真。貴女の退屈を紛らわせられる貴重な人間がひとりいなくなっちゃうな。
それでも私の為に少しは泣いてくれるかな?
この期に及んで一番の腐れ縁の彼女の笑顔が浮かんでいた。
せめて最後に一言伝えたかっ、た。
悠華は最後の意識の断片を名残惜しく手放して…せめてもの祈りを天に捧げる。
その瞬間、爆発的な閃光が辺り一面を塗りつぶしていった。
