いつもの日常風景であるはずの悠華の私室に不穏な空気が漂っていた。
真は一呼吸おいて間を取ると、状況説明を始めていく。
「悠華…最近の財団が意図して異能者を戦場に駆り出そうとしているのは把握しているよね?」
真の切り出した話に対してそれが何を意味しているかを察した悠華は軽く頷いて、その先の話を確認することにする。
「異能者同士の潜在意識ネットワークを構築することで防衛システムを組み上げる構想、”イージス・チャネル”だっけ?随分と壮大な計画だなとは思っていたけど。」
悠華はあまり興味の向かない感じで真に話のベクトルを確認した。
真は妙に神妙な面持ちで頷くと情報の擦り合わせを開始する。
”イージス・チャネル”…「自律式情報領域の連立稼働による敵性情報及び攻撃性情報体迎撃を行う整備回路」を施行する計画。
名目上は防衛システムだが、嚙み砕いていえば世界中のサイバー空間の制圧・支配権を独占しようという企みだ。
まずはアジア圏・環太平洋エリアのあらゆる防衛システムを乗っ取り、各国の政財界にも影響力を示したいというのがこの計画を立ち上げた研究者の真面目な目標だったようだ。
そして世界中の利権を掌握し自分だけの理想の帝国を作ることを目指しているのだろうか。
それは確かめようがない事である。
淡々と事実確認が進む中、途中から興味が薄れてきた悠華は髪の毛を指に巻き付けながら情報を聞き流している。
その様子を見つつも真は説明義務を全うするべく情報を並べていく。
「そんなの聞いてなかったよ」で拒否されるのが一番面倒なケースだからだ。
実際悠華の頭に情報が残ってなくても説明したという事実は残さなくてはならないのである。
…ある程度「現実」を支配下に置くことのできる真であっても人々の持つ無意識下の繋がりに干渉は難しいし、それによる運命の連鎖に抗える保証は無い。
人々の望む物語は運命に対して想像以上の拘束力を生み出すモノ。
事前に対処しておくのは必須なのである。
説明責任を一応終えた真の様子を見て悠華は一応の確認をしておくことにする。
「それで私のこれからの役割は決まっているのでしょう?出来るだけ簡潔にまとめてくれる?」
詮索と意図の確認が面倒になった悠華は説明の先を促した。
これ以上おとぎ話の解釈論議みたいな話をする気にはなれないし、出演しなければならない舞台でも出演者に一定の配慮があってもいいはずである。
完全に呆れた様子の悠華に真はやれやれといった感じで肩をすくめると、主演女優様にオファーの段取りを進めることにする。
この場における歴史の1ページが描かれる段取りがようやく整った事。
それを安堵したのは他ならぬ運命を司る女神だったのかもしれなかった。
