この藤御堂家別邸に構えられていた防護結界が恐れおののいているかのような振動が響いていた。
厳慈と紗絵の対峙はこの場の空気が推し潰れるかのような重さを持つような状態だ。
厳慈はこれまでの紗絵の「提案」に心底閉口してどのような切り口で「対話」するかを考えていたが、もはやそのような段階では無いと認知を改めて論理を組み替えることにする。
あのような権限逸脱甚だしい主張を通しては獣社会同然の弱肉強食論を肯定した方がマシだろう。
そのためには人間同士としての認識の擦り合わせがやはり必要だ。
厳慈は自分の意思や提案が許容されると確信している紗絵に対して改めて対等な意思疎通を図ろうとして、違和感を覚える。
紗絵の耳にさりげなく付けられていた黒真珠に似た石があしらわれたアクセサリー。
その石がいつの間にか鈍い輝きを放っている。
次の瞬間、厳慈は自分の意識にさざ波が起こり現実感が失われていくのを感じた。
これはまさか”黒曜石の瞳”がもたらす意識の共振現象ッ…?この別邸の異能封じを貫通するほどの領域干渉だとッ…!
紗絵の勝利を確信した誇らしげな微笑みが歪んで見えていた。
その整った容姿の可憐な唇からささやかな言葉が紡がれた。
”おやすみなさい。私の初恋を奪った愛しいあなた”。
厳慈は抗うことのできぬ夢の中へ引き込まれていく。
それは現実の意味が明確に塗り替わった日の事であった。
