「それで”ピジョン・ブラッド理論”の研究成果について共有できることはこれだけ?ちょっと誠意が足りないんじゃないかな?」
「ミス斎木…我々にも立場と守らなければならないモノがある。そこを汲んでもらえないだろうか。」
上品な内装の施された応接間の空気が怯えるかのように震えた。
真は先日の藤御堂別邸の件の因果関係を洗うために様々なラボを探っているのである。
今ご当主様は生命維持には問題ないが意識は奪われたまま…つまり植物状態だ。
何故あの場で口を封じることをしなかったのか?それともご当主様自体は生きていなければならない都合でもあったのか。
もしくはこれからの「交渉」のカードの一枚として使うつもりなのか。
主犯の人間の意図はまだ断定できないが、表の秩序維持を担っている藤御堂の家をターゲットにした以上まともな日常生活が出来なくなる事は関係者なら身に染みてわかっているはず。
それをそもそも知らない外部の一般人に突破されるほど藤御堂家のセキュリティは脆くない。
つまり表以外の関係者で別邸の内情を知っていてご当主様に謁見が叶う人物…汚れ仕事を扱う「暗部」の人間か。
それなら「異能」利権の線から調べた方がいいだろう。
そう思ってまずは財団直轄の異能開発研究の線からと思って探りを入れているのだが、なかなか機密を話してくれるわけもなく捜査は難航中だ。
真は対応してくれた研究員の話を聞きながら、自分の手持ちの情報と合わせて要点をまとめていく。
”ピジョン・ブラッド理論”…「意図的な概念構造を被験者に植え付けることによる異能発言促進理論」。
発案者はこの理論を提唱するとき誇らしげに語ったという。
”意のままに望む異能を作り出せるこの理論はこの世の救済をも具現化できる”と。
そして「この世の穢れを焼き焦がす救済の炎」という概念を植え付けられて「認識した範囲の敵意や害意を焼失させる」という異能を発言させたのが悠華である。
…ふむ、今になって藤御堂の家を試してきたということは襲撃を企てた「暗部」の人間の手札が揃ったということか?
真は自らが持っている情報を俯瞰しながらとりあえずの仮説を建てようとするが、なかなか要領を得ない。
もっと核心に迫るには別の角度からのアプローチが必要か?
真は煮詰まりだした自論を持て余して、一旦意識を切り替えることにする。
とりあえず対応してくれていた研究員を開放し、冷めきったコーヒーを飲む。
舌から伝わってくる苦みと渋さは今突き付けられている現実の味だ。
さて、どうしたものかなと意識を漂わせている真に声をかけてくる人影があった。
艶やかな銀髪に整った容姿。まるでその姿は着せ替え人形のようで、この研究所には似つかわしくないことこの上ない。
「あら、真さんではありませんか。今日はこんなところでどうしました?」
「ここは玲奈ちゃんの”職場”だった?これは奇遇だねぇ。」
とりあえずの「挨拶」を終えた二人はどちらが主導権を握るかのマウントバトルを始める。
この応接間の中は野獣同士の格付けの場に変貌していた。
