二人が対峙する応接間の空気は日常の匂いが消えて、お互いの心臓の鼓動が聞こえそうなほど澄んでいるように感じる。
…これはわりと「当たり」を引いたかもしれないぞ。
真は偶然だとは思えない人物との遭遇に疑念を持ちながらも得られるであろう情報を模索する。
財団の裏事情の調整や秩序維持を担っている小山内家のご令嬢であり、特務異能事案対処部隊「ノワール派」を束ねる小山内紗絵嬢の妹である彼女、小山内玲奈。
”フローズン・クロック”という二つ名で呼ばれる彼女の異能は「人間の自己判断や自律意思を凍結する」ものだと言われている。
その「対象の人間性を氷漬けにする」力に晒された人間は彼女に隷属する傀儡となるか、物言わぬオブジェになるかという宿命を負わされることになるのだ。
それ故に今回の藤御堂家襲撃事案にも携わった可能性が大きい。
それを疑われるのは百も承知の上のはず。
では何故悠華の側近として認知されている私にこのタイミングで接触してきた?
真は困惑と疑念に悩まされながらもそれを感じさせない虚勢で玲奈に話を続ける。
「それで忙しい中わざわざ私に会いに来てくれたのには意味があるんだよね。素敵なお土産を期待してもいいのかな?」
玲奈は真の軽口に対して微笑みを返すとひとつの提案をすることにした。
「素敵かどうかはわかりませんが、持って帰って欲しいモノならありますよ?例えば厳慈叔父様の現状と主治医の見解、とか?」
不自然なほどの楽し気な玲奈の口ぶりに応接間の空気は一気に緊迫感を増す。
天然の氷室を思わせる冷気がこの空間に満たされている。
真は自分の感情が煽られている事を自覚しつつも感情の高ぶりを抑えられないでいた。
真の目に明らかな敵意が宿る。
玲奈はその向けられた意思を愛おしそうに受け止めると、「お土産」の準備に取り掛かる。
物語の脚本は二人の運命のベクトルを未だに決めかねていた。
