静かな空気が流れる中、穏やかなまどろみだけが私の意識を支配していた。
かつて走り抜けた激しい現実の記憶があまりにも懐かしく感じる。
不条理や理不尽が当たり前でそれを塗り替える為にあらゆる手段を試し、仲間たちと昼夜を問わず「現実の倒し方」について語り明かしたものだ。
そしてついにたどり着いた理想像が具現化された場。
その日の祝杯の味は到達感に溢れ、私たちを苦しめた現実までもがその功績を祝福しているように思えたものだ。
…今はアルバムの中にしかない長年眠っていたはずの記憶が思い出されて、厳慈はこれが夢の中であることを自覚する。
そろそろ戻らなくてはいけないか。
旧知の仲である仲間たちに別れの挨拶を交わすと、彼らは名残惜しそうにしつつも激励の言葉で厳慈を送り出す。
彼らの泣きそうな笑顔が揺らいで意識が遠のいていく。
厳慈はまた自らが戦うべき戦場へ立ち戻っていくことを受け入れた。
「…厳慈叔父様。お目覚めになられましたか?」
あまりに涼やかで心地よい声色で呼びかけられた厳慈は未だに夢の中にいるのかと思い、目の前の少女に事実確認を求めた。
そんな厳慈の様子を小首を傾げて見ている銀髪の見目麗しい少女。
その眼差しは見る者の正気を吸い込んでしまいそうな魅力を持っている。
厳慈はその黄金色の相貌を見つめて、再度現状の説明を求めた。
「玲奈…私はどれぐらい眠っていた?そしてここはどこだ?事態はどうなっている?」
矢継ぎ早の質問攻めが玲奈に殺到する。
玲奈はその様子を愉快そうに思い、微笑みながら返答を返す。
「ふふふ…そんなに焦ってもひとつずつしか答えられませんわ。そして今叔父様に説明できることは限られていますの。」
玲奈の様子に苛立ちを感じた厳慈は咎めるような視線を玲奈に向け、話の先を促す。
玲奈はそれでも愉快そうな素振りを隠さず、会話を楽しもうというスタンスで話し続ける。
「叔父様にはこれからお姉さまの後見人として動いてもらうことになります。そしてお姉さまは暗がりの中から踏み出すことになるのです…これは決定事項なのですよ?」
厳慈は玲奈の話した内容が理解できず、呆気に取られている。
私が紗絵の後ろ盾として彼女を表舞台に立たせる、だと…?
あまりにも突飛な通告に厳慈は玲奈の正気を疑ったが、玲奈本人に冗談を言っているような様子は見られない。
見るからににこやかな玲奈の様子を見て厳慈は念のための否定を言い渡そうとして…気づく。
自分の中に玲奈の言葉を否定できない意思が宿っている。
玲奈の言葉に強い強制力を感じているのだ。
これは”フローズン・クロック”の異能がもたらす従属強制か?このような事態、一度ならず二度までもッ…
厳慈は今行使できる意志力を振り絞って玲奈の目を見据える。
玲奈は庇護すべき小さな子供でも見るような優しい目で、言い含めるようにこの場の現実を伝える。
「叔父様の精神はあの時お姉さまの異能と”黒曜石の瞳”によって調律されているのです。小山内家の人間に逆らえないように、ね?」
勝利宣言をした玲奈は愛しき下僕となった厳慈に対して改めて従属の誓いを求める。
舞台は脚本家の望み通りの進行で進んでいく事になった。
