過度に冷やされた空気がこの場にいる為の資格を皆に求めているように感じる。
ついさっきまで過熱していた講堂の雰囲気と切り離されたような異質な空間が存在しているのだ。
その空気感の主はまるで慈愛をもたらす女神のように柔らかな笑顔で談笑していた。
真が話しかけた際もその笑顔は変わらず、昔ながらの仲間を歓待している風であった。
それが捕食体制を整え終えた猛獣の態勢だとわかっていながら真は対応を進めなくてはならない。
藤御堂家の関係者として当主令嬢の悠華の専属護衛役という立場は軽いモノではない。
外部折衝や悠華のスケジュール進行管理、事案の判断補佐に敵性異能者対応と専属秘書と外交官を合わせたような激務の日々を負うのが日常。
それゆえ財団の様々な有力者と人間関係を構築しておくのも真の大事な役目なのだ。
…それでも小山内家の方々は理詰めのストイックなやり方で進めてくるから苦手なんだよな。
交渉事を感情面でアドバンテージを取って話を進めるのが得意な真にとって、紗絵や玲奈のやり方は水と油の関係で最も組みにくい相手だ。
もっとも相手の急所をロジックを組み立ててチェックメイトする、という点では一緒なのでより同族嫌悪的な苦手さを感じるのかもしれない。
そんな思考が流れた一瞬後、真は紗絵に対して改めて会話を試みる。
「紗絵お嬢様…今回の事で財団における日本の各拠点もだいぶ騒がしくなるでしょう。これからより緊密な連携をお願いできますか?」
その言葉を聞いて紗絵は意外そうな面持ちで言葉を返す。
「これぐらいの事は予測範囲内の出来事でしょう。それにいつもの砕けた言葉で話しても構いませんよ。」
その怜悧な紗絵の瞳は”調べはついているのでしょう?猿芝居は必要ないはずですよ”と訴えていた。
真はどこまでも喰えない小山内姉妹の物言いに腹の中で毒づきながらも、自分の告知義務を果たしておくことにする。
「私の方で掴んでいる実態ではまだまだ脅威はないと思っているかもしれませんが、貴女の足元はそれほど安全ではないかもしれませんよ?」
真正面から喧嘩を売られた紗絵はいっそ清々しい気持ちで微笑を返す。
舞台の脚本のアドリブ部分が大幅に拡張されることが決まった日の出来事であった。
