お前たちが望む平穏な日常など最初から幻想ではないのか?
老人が紡いだその言葉にこの場の空気までもが一喝されたように震え、怯えているように感じる。
藤御堂宗家の人間が決裁を行い、通達する場であるこの議場はまるで断罪の執行を行う処刑場のようであった。
その異質な空気の中、平然とぶつけられたその一言に何も言い返すことが出来ず真はただその場に立ちすくむことしかできずにいた。
今まで積み上げてきた自信や自負もお膳立てされていた環境や人員を取り上げられれば霧散する程度のものでしかなかったのか。
真は自分が背負ってきたと思っていた責任や役目は自分だけのモノであり唯一無二のアイデンティティだと信じていた。
それゆえに運命を変えられる自分の力を誇りに思い、日々の任務にも精力的に挑むことができた。
しかし実際は用意された舞台でシナリオ通り踊れる人間が必要だっただけだったのか?
真の意識は混濁してまともに自分の感情を整理できる状態ではなかった。
真に言葉を投げつけた老人はその様子を見て落胆した表情を見せると、傍に控えた黒服にアイコンタクトを飛ばす。
与えられた時間が終了した合図だ。
黒服は真に対して退出を促してくる…それは処断が決定したことを意味する。
藤御堂宗家の人間に謁見するためのこの場で落第の評価が出れば実務の場から外されるのは確定だろう。
しかも藤御堂の御前様の判断であれば猶更である。
真の目から意思の光が消えてその運命が確定しようとしたその時。
「おじい様…私から一言発言をすることを許可してもらえませんか?」
今まで冷静に事態を見ていた悠華は議場の主に向けて異議を発している。
真は自分の主がわざわざ処分を受ける様な事を避けるため、悠華に対して目くばせをする。
”悠華…君までペナルティを負う必要は無いよ大丈夫だから”
悠華はその合図をチラッと見た上でそれを無視して自分の意見を奏上し始めた。
「おじい様のお言葉、何も間違ってはおらず現実ではあるでしょう。しかし”絵空事”なくしては様々な理想も叶う事は無いと私は考えます。私の考える理想像を聞き入れてはもらえませんか?」
悠華の言葉に議場の空気がざわついた。
黒服や執事、宗家の重鎮たちがざわめき始める。
”いくら悠華お嬢様といえど御前様に直接な物言いなど無礼ではないのか”
”お嬢様がそこまで口を出すのは越権行為ではないのか”
次第に悪意が渦まいて悠華に殺到していく。
しかし悠華はより存在感を増して自らの祖父に対応を求めている。
その様子を見て老人は少し嬉しそうに口角を上げると、悠華が発言を続けることを許可した。
この場の混沌が人間の正気を飲み込むほど濃密になる中、悠華の凛とした佇まいが何より異質で現実的だった。
