降り続く雨はしばらく止む気配がなく、窓に叩きつけられる雨粒が空の不機嫌さを表しているようだ。
しかし荒ぶる天気とは対照的に室内の空気は人の息使いが聞こえるほど静かだった。
空調が動かしている空気の流れさえもその静けさを強調している。
そしてこのスカイラウンジから眼下に広がる街並みや車の流れ…その人々の営みが異世界の事のように感じていた。
グローバル・リテラシー・ネットワーク日本支社、その超高層ビルの高層階に役員クラス専用のプライベート空間が用意されている。
その中でも各国の政財界の要人をもてなすための「応接室」のひとつがこのラウンジなのだ。
この場を用意した役員の男は自らがエスコートした少女に対してひとまずこのラウンジの所感から聞いてみることにする。
これからの「商談」に弾みをつけるためのアイスブレイクだ。
「どうですか?ミス”サイレンス・メイデン”。斎木の御前が抱える虎の子である貴女にこの場のもてなしを是非受けて頂きたい。これからの我らのより良き関係の為にね。」
”サイレンス・メイデン”斎木杏奈”…財団の運営における影響力の大きい「御三家」、斎木・藤御堂・小山内のそれぞれの中で「現場での判断基準となる規律策定・ルール運用」を担う斎木家の当主令嬢である彼女は現在実務の場でのルール裁定を行う存在だ。
つまり彼女が融通すれば財団との交渉にリスクを負ってグレーなやり方をする必要がなくなる事を意味する。
そう競合を出し抜く合法的お墨付きが得られる算段だ。
異能者だけが事態の打開策を打てる案件は思いの外多い…関連利権の法整備が整う前にルール裁定側の人間を抱え込むのは必須要因である。
役員の男は杏奈に対して「賢い判断」をしてもらうための準備をしてきていた。
あとは「ビジネスパートナー」としての契約を承諾してもらうだけ。
それだけで人生を逃げ切れるだけの財産と権利が手に入る。
勝利への皮算用を改めて確認した役員の男は杏奈に対し、意気揚々とプレゼンを開始しようとして違和感にとらわれた。
今この瞬間まで備えていた説得用ロジックが口から出てこない…計画していたプランが消えている。
役員の男は必死に取り繕おうとするも、その言葉は見苦しい足掻きを強調するだけだった。
杏奈はその様子をなんとも愉快そうに眺めて苦笑を漏らす。
そして自らの異能で縋るべき論理を失った哀れな男へ杏奈は従属契約を突き付けて、宣告する。
あなたはもう論理的思考ができない自動人形であり私の要望通り動くしかないのだと。
契約してくれれば日常生活程度の自律思考は保証してあげると。
その通告を受け止められない役員の男は杏奈へせめてもの情状酌量を試みた。
この瞬間、舞台の脚本の執筆権が譲渡された運命的ターニングポイントが歴史に刻まれていった。
