夜空が宵闇で染め上がった新月の夜。
誰もが寝静まった頃にしかできない話もあるものだ。
それは陽の光の指す場所では意味を成さない交渉の場…人の運命を決定する物語の台本が書かれるところでもある。
今斎木本家の一室で進められている密談はこれからのシナリオのプレゼンであり、これからの物語が承認されるかどうかの大事な局面であった。
この場での決裁が下りたシナリオは現実のひな型となり関連する者たちの運命を決定づけるモノでもある。
それだけに杏奈の肩には関係者のみならずその家族も含めた人生そのものが乗っていた。
…ここで御前様の了承が得られないとかなり面倒なことになるな。
杏奈は持参してきたこれからのシナリオ案を思い返しながら感触を確かめていく。
とりあえずグローバル・リテラシー・ネットワーク社から得られたコネクションと機密情報の独占運用を認めてもらわないといけないかな。
そして日本政府の防衛プランにも一枚噛ませてもらうことでより私の望んだセカイの構築が現実味を帯びてくる。
異能者が人間としての優秀さを当然のように認められ、異能者であることを誇りに思えるセカイだ。
意気揚々とプレゼンを進める杏奈に対してそれを静かに聞いていた老人はひとつの確認を求めた。
”お前が描いた未来像は異能者だけで動かせるモノなのか?”
その言葉に言葉を詰まらせた杏奈を見て老人は呆れたようにため息をつくと、杏奈に一言釘を刺した。
”斎木のコネクションやお前に預けている人員はお前のわがままを聞くためのおもちゃでは無い。もう一度現実を踏まえておくことだな”
その苦言を苦々しい思いで受け止めた杏奈はせめてもの言い訳を絞り出す。
「お言葉ですが御前様…憚りながら私も斎木家の実務の一端を預かる身。これからの未来のために確保しておくべきリソースが必要であることはご理解いただきたく存じます。」
老人はその反論を聞いて、ひとつの課題を出すことにした。
”ならばお前の言う未来の展望の実用性を見せてもらおう…この事案の解決策を組み、関係者全てを納得させてみせよ”
老人は一束の資料を取り出して杏奈に突き付ける。
杏奈は受け取ったそれに目を通すと驚きに目を見張った。
「環太平洋防衛ネットワーク体制構築における異能者運用プランの策定について」と題されたその書類には異能者を軍事リソースとして稼働する体制構築案が示されていた。
これは「御三家」で表の秩序を担っている藤御堂家、裏世界の秩序を担っている小山内家の保有する権利を奪い私物化する段取りだ。
杏奈は目の前で愉快そうに笑顔を浮かべる老人の真意を図りかねて質問をしようとするが、ここは言葉を飲み込んだ。
ここで尻込みするようでは私の掲げる理想像もそこまでの価値だと判断されるだけ。
杏奈は一旦落ち着き一呼吸置くと老人に対して自らの決意を奏上する。
「この事案を任せてもらうこと、身に余る光栄です。必ず期待以上の成果をお届けすることを約束いたします。」
老人は愉悦を満たした顔でその言葉を受け取ると愛しい孫娘に激励の言葉を添える。
運命の歯車を回す許可を得た杏奈は恍惚とした快感に身を浸し、その責務の重さを愛しく感じていた。
