…「カーディナル」からの決裁が下りた。以後はこのプランで動いてもらうことになる。
淡々と通告された指示を聞いて真は戸惑いを隠せずにいた。
ざわついた会議の場に様々な疑問が沸き起こる。
これからの指揮系統はどうなるのか?
これは現場レベルの裁量権を剝奪するモノではないのか?
藤御堂家内部の護衛や要人警護を担う者達の現状の共有と現実のすり合わせを行うこの場は様々なイレギュラー想定をしておくのも仕事に含まれる。
しかしそういった現場の決裁権を取り上げるようなプランが事後承諾で通達されるなど考えられない事態だ。
藤御堂家の意思決定は基本的に藤御堂宗家の人間が現場での意見を基にベクトルを承認するボトムアップ方式だ。
そして直轄の人間が代理人の形で意思決定されたベクトルで現場の指揮を執る。
その運用形態が現場と経営陣の信用体制を固め、意思決定をする藤御堂宗家への信頼に繋がっていたのだ。
要人警護の運用指揮を担っている部署、通称「カーディナル」も例外なくその体制で動いており足並みを乱すことなど一度もなかった。
だが今回通達されたプランは現場のイレギュラー対処にもリアルタイムで指示と共有を義務化するというモノ。
今後はその為のデバイスとして現場の人員全てに「黒曜石の瞳」の常時着用を徹底させるという。
…異能者だけでなく非能力者の意思も取り込んだ思考ネットワークを実用化させるという魔術マテリアルである「黒曜石の瞳」。
そのスペックデータは大半が機密情報として規制されており不安要素は山積みである。
そして異能者の思考ネットワークを管理下に置くということは実務者全員を自律AIにするような稼働形態を想定しているはずだ。
ありとあらゆる想定の中から最悪のケースだけを選んだような今の事態に真だけではなく、会議に出席しているほとんどの現場責任者がそういった疑念を抱いていた。
真は意を決して「カーディナル」の代表として出席していた男へ疑問点を投げかけることにする。
「お言葉ですが桜庭相談役…今説明があったプランには既存の体制の解体も含まれていますね?そして「黒曜石の瞳」による意識ネットワークを基礎にこれからの組織を組み替えるとも。これは藤御堂家の人員を私物化しようとしていると捉えられてもおかしくないモノではないですか?こういったシステムの領域では門外漢の私にも理解できる解説をお願いできないでしょうか。」
真の踏み込んだ言葉に対して桜庭は不自然な程の和やかな笑顔を浮かべて首肯すると、一息ついて解説を始める。
理路整然としているはずのその言葉は魔術めいたロジックでこの場の人間の理性や思考力に浸食し、彼の理想像を肯定する賛辞を引き出していく。
真は恍惚とした表情で桜庭に平伏していく同僚たちを見て戦慄しながらも、頭は急速に冷えて思考が明瞭になっていくのを感じていた。
未だに戦う意思を崩さない真に対して桜庭はより濃密な悪意をもって自分の正しさを流し込もうとしている。
正しさの定義が底知れぬ沼の中に飲み込まれたこの場で真はこれからの日常にこの闇との戦いが避けられないことを実感する。
闇色に染まった同僚たちの瞳の中には真の知っている正しさはもう映っていなかった。
