こういう時は相手の期待値を最大限に高めておくべきなんだよ。
彼女はそう言った後アイスティーを一口飲んで、こちらの意見を求める間を開けた。
横浜ベイエリアの高層階ラウンジで打ち合わせをしたいと言われた時はどんな提案をされるのか気になっていたが、これほどの非現実なリソース運用プランは聞いたことが無い。
あからさまに呆れた空気を出してしまった悠華に対して「カーディナル」のエージェントである彼女は不満を明らかにする。
それから熱烈な理想論を小一時間聞かされた悠華であったが、まるで頭に入ってこない。
「誰もが平等に公平で世の中の役に立てる人道的な安全保障の在り方」、だったか。
テーブルに投げ出された補足資料の束を見て悠華は改めてげんなりしていた。
みっちりと詰め込まれた論文の体だけは取り繕ってあるこの文書には具体的な実務運用案が皆無だった。
それをあえて要約するならば「何かと不都合は山盛りですが皆で精一杯頑張りますのでフォローの程をよろしくお願いします!」という感じである。
小さい子供の描いた絵日記のような構文は長らく彼女に感じていた親近感と信頼関係を揺るがすほどの問題である。
こんなコネクションを悪意を持って換金しようとする人ではなかったはずなんだけどな。
真からの報告でも「カーディナル」の補佐をしている桜庭相談役の様子がおかしかったと聞いている。
これは精神の隷属を可能とする高位の精神感応系能力者が一枚嚙んでいると考えるのが妥当か…?
悠華はこれからの戦略をある程度仮組みした後、彼女との打ち合わせを打ち切ることにする。
「この場の支払いは私が済ませておくから今日のところは終わりにしましょう。」
悠華はそう告げた後、アイコンタクトでスタッフに会計の合図を送ると残っていたアイスコーヒーを飲み終える。
割と無駄足を踏んだかな…担当者も変えてもらわないといけないし面倒ごとが増えそうね。
カードでの決裁を終えて立ち上がろうとした悠華に対して彼女は一言だけ呟いた。
その言葉はこれからの因果を予言し、避けられない現実を突きつけるモノ。
明らかに不自然な彼女の嬉しそうな目に満たされた愉悦の色は、何よりも不都合な未来の到来を確信させるモノであった。
