そうは言っても今の手札でなんとかするしかないでしょう。
まるで他人事のように流された問題提起の言葉は何の意義も生み出せずにかき消された。
思い描いていたプランからはかけ離れた精神論で締めくくられた会議の内容に不満が抑えられず、真は行きつけのホテルラウンジで愚痴を吐いていた。
そのあからさまな不機嫌オーラはこのお洒落な空間の空気を濁らせていて、同席している悠華は何とも居心地の悪さを持て余している。
周囲から向けられている奇異を見る視線と場をわきまえろという無言の圧力で悠華のいたたまれなさは限界に達していた。
これでは普段使いしているこの場所も出入り禁止になりかねないし、貴重なコネクションのひとつを潰してしまうな。
悠華はとりあえず真の機嫌をなだめつつウエイターにアイコンタクトを取って会計を済ませる事にする。
機密度の高い話もしたいし仕事場に戻ってじっくり真には言い含めておかないとね。
悠華は藤御堂家の人間としてのモノではなくビジネス用IDのカードで決済をするとウェイターに笑顔を送り席を立った。
これからはもっとクローズドなプライベートエリアも都心各所に用意しておくか…
それでなくともここ最近水面下での動きがきな臭さを増しているし日常プランも対応したものにしなければね。
途中でおしゃべりを止められた真はまだ不機嫌な感じを滲ませていたが、悠華がさっさと出ていこうとするのでそれを追ってこの場を後にしたようとしたその時。
視界の端に明らかな問題因子が映ったように見えて、真は悠華へ目くばせをする。
悠華…あの黒いダッフルコートの子。玲奈ちゃんじゃない?
悠華は指し示された視線の先を見て、今の状況の不自然さを疑問に思う。
”小山内玲奈”、日本国内での異能者事案を内々に解決する裏の秩序を担う小山内家のご令嬢。
彼女の姉である小山内紗絵は”ノワール派”と呼ばれる異能者事案解決のための特務部隊を従える身。
彼女自身もその一員として暗部の任務を担う人物だ。
それが何の護衛も付けず街中をひとり出歩いているというのは明らかに不自然。
現状で小山内家の水面下での怪しい動きもキャッチしている…ここで情報の裏を取っておくのはこれからの為に必須なことだろう。
悠華は携帯していた異能のリミッターを取り出して潜伏モードに機能を切り替える。
異能者ならではの気配や波動を抑えておくのは対異能者に対して必須な事だ。
そして息をひそめて彼女の後を追う。
ある程度歩いて彼女は寂れた教会へ入っていく。
悠華は真にアイコンタクトで教会へ踏み込むことを告げる。
真はそれに対して僅かに頷くことで同意を示して足を踏み出した。
かつて信徒の心の拠り所として機能していたであろう寂れたその姿は、今でも当時の崇高さの断片を感じさせている。
その門をくぐることがその信仰の世界へ足を踏み入れることになることを二人はまだ自覚できずにいた。
