静かな川のせせらぎに小鳥の声が響いている。
まるで環境映像が突然視界に映し出されたような感覚…突如現れた「非日常」は悠華の現実感を確実に侵食していた。
戸惑う悠華の様子を楽しそうに見ていたパーカーの少女はポニーテールを揺らしていかにもご機嫌といった様子だ。
先程までの不快感はどこかへ置いてきたようなその変わりようはいかにも不自然に思える。
警戒態勢を緩めずに様子を伺う悠華へ少女は静かに口を開いた。
「ふふ…そんなに警戒しなくてもこの場でできることはそんなに変わらないよ。僕が決めたルールに沿って選択肢を選んでもらうだけ。簡単でしょう?」
何の現状説明にもなっていない言葉に対して何とか推察の手がかりを得ようと悠華はロジックを組み立てようとする。
とりあえずこの空間内がどういったルールの下で機能するのか見定めなければならないが、今得られる情報から建てられる仮説は多くは無い。
まずは少しでも情報を引き出せればいいのだけど…
悠華の意識は猜疑心と足元の不安定さから来る焦りで焙られていて考えがまとまらない。
平常心が揺らいでいるのが明らかに感じられていつもの分析思考フォーマットが機能していないのだ。
こんなことは小さい頃に自分の感情を持て余していた時期以来だな。
あからさまに場違いな感覚が意識の中を通り抜けて、電流のごとく脳内で情報の要点同士が繋がる。
まさか…?
何かに気づいた様子の悠華の表情を見て少女は吹き出しそうなほど笑いをこらえて答え合わせをする。
「そう、そういうことだよ。僕の創り出したこの空間内では”人間の精神的蓄積”を幼児レベルにすることができるんだ。それが僕の「リリック」…もう調べはついているんでしょ?お嬢様に個人的な恨みは無いけどこの空間の中、永遠のモラトリアムの中で自滅してもらうよ。」
あまりにも親切な情報開示にあっけに取られた悠華であったが、僅かに残された思考ルーチンで現状把握を試みる。
「フェアリー・リリック」、確か最近様々なところに絡んできた桜梅桃橘の四家の中でも精神感応領域を専門とする橘家の特務異能部隊だったか。
その構成員は「リリック」という自分独自の支配空間を操るという…その内容は機密情報として扱われて実践データは掴めていないモノだった。
それがまさか精神的土台を揺るがすモノだとはね…
悠華は襲ってくる不安と心細さに耐えつつも戦意をその目に宿して少女に向き直る。
少女はその視線に対してオーバーリアクション気味に肩をすくめてため息をつく。
「お嬢様…そんな目をしても今の貴女は自分で何も選択できない幼女なんだよ。せめて無様に踊ってくれないかな?」
少女の挑発に対して悠華は今自分が持てるささやかな勇気を絞り出して対峙する。
決められた脚本の運命を自分の手で覆すことができることを自分自身に証明するために。
