幼い頃発現したこの力は聖なるものの筈だった。
憧れのあの人から受け継がれた、人の魂に聖なる刻印を刻み主の祝福を授ける能力。
私にとって何より誇れるモノだった…今、この時が訪れるまでは。
司教様…貴方の危惧はこのことを示していたのですか?それなら何故そう告げてくれなかったのですか?
アイリスは目の前で神に憎しみを向け異形の姿に変貌していく教え子たちを呆然と見つめることしかできないでいる。
彼らの悲鳴と嗚咽は聖堂内に響き渡り、この場の空気を絶望と失望の色に染めていく。
今まで概念としてしか思っていなかった地獄そのままの現状がアイリスの意識を蝕んでいる。
こんな事は現実では無い…我らが主はこれほど惨い試練を突き付ける訳が無い。
アイリスは首から下げていたロザリオを握りしめて目の前の現実を拒もうとする。
しかし彼女自身の能力によって異形の姿に変えられてしまった者たちがアイリスに向ける憎悪と救いを求める手…
それらはこれは現世における現実なのだと主張するのをやめてはくれない。
それらは間違いなく今まで手を取り合い日々の日常を共に過ごしてきた者たちのものなのだから。
異形の姿となった彼らの背中からは淀んだ色の翼が発現しており、その姿は聖典に描かれた堕天使のように見えた。
まるで楽園から追放された罪人のようなイメージをさせるその在り様は平穏な日常を剝奪された彼らそのものの嘆きを体現しているのだろう。
聖堂に響き続ける彼らの魂の叫びはアイリスの誓いを引き裂くのに十分な重みで精神的負荷をかけている。
「全ては皆の日常の幸せの為に。」
そんな無垢な願いと祈りの結果で生み出された目の前の惨劇に対して、アイリスは自分の信じていたモノへの信仰心が崩れていく音を聞いていた。
その音に沿うように無情な現実は進んでいく。
アイリスの異能はこの場において明らかな愉悦に浸り、存在の肥大化を止めることは無かった。
彼女自身のコントロールに縛られない自由を得た異能がこれからの現実の在り様を決める…それだけが間違いのない現実であること。
その事実を知覚する自由もすでにアイリスから奪われている。
それがせめてもの救いとなったのかどうかは誰も知る余地のないことであった。
