「人々の求めるモノは事実そのものじゃないはずだ。」
彼はそれだけを捨てセリフとして残しこの場を立ち去った。
彼の残したその言葉は現状の対応の無意味さを直接指摘するモノであり、誰もがその事を重く受け止めていた。
そしてこの場の誰一人として例外無く己の意識にのしかかる重責に呻いている。
このままでは”黎明の女神”による「世界改変」によって全てが塗りつぶされてしまう。
それは人が自らの意思で未来を選択できる時代の終わりを意味するものだ。
その最重要課題への対処に対して誰もが無力であり、等しく無意味な議論を重ねるしかできずにいた。
会議の体を成していなくても最低限の報告書が纏められなければ最前線の特攻役となる運命はすぐ傍にあるだろう。
しかし目の前の議事録には自分たちの無能さを伝えるだけの内容が並ぶだけだ。
議長はそれを苦々しい思いで受け止めた後、現状できる限りの面目を立てる為だけの議論を再開することにした。
宵闇が映し出す不思議な灯りは魔性の輝きを思わせる。
ルージュという家名はその名の通り血による紅い盟約を執り行う一族の証。
その血族による支配体制は神聖なモノとして受け継がれてきた。
それは誇り高き吸血鬼の祖に繋がる一族としての矜持を示すものだ。
しかし今日のルージュの姫はその高潔さにそぐわない不機嫌さを抑えることができずにいた。
先日の会議の議事録に目を通した後の不快感が姫の機嫌を傾けたままにしているのだ。
それを見かねた従者は彼女に対して意見を奏上する。
「お嬢様…クローディア様。此度の”黎明の女神”事案の対処指示、いささか無理を通したのではないでしょうか。」
むっとした顔をそのままにクローディアはアイコンタクトで従者に対して不快感を示す。
しかしそれで引き下がれる問題ではない為、従者の諫言は続けられる。
「麗しき我が君の尊顔を曇らせる非礼を承知で申し上げますが、此度の案件を我がルージュの一族だけで担うのはこの根源の森の協定に反すること…他の一族とも連携を取るべきでしょう。これは個人的プライドの問題で片付けられぬ問題です。どうぞ賢明なご判断を賜りたく存じます。」
だからってすぐ連携が取れるようなら苦労は無いでしょ…というクローディアの内心はざわついたが、従者の言葉を無下にもできない。誠意ある対応をしなければならないか。
慎重に言葉を選んだ従者は少し思案をした風の主人に対して快い承諾を得られるものだと信じその返事を待つ。
いつもと同じ信頼の証としての応答が成り立つものだとこの場に控える彼女の側近や従者全員が思っていた。
…それは当然の流れの筈だった。
しかし次の瞬間クローディアが発した言葉は全く予期できぬ発想の元に紡がれた言葉であった。
その言葉に対して側近や従者たちの唖然とした表情を見て、クローディアは愉快そうに顔をほころばせる。
またひとつ自分の心を躍らせる案件を思いついた喜びを抱いて。
