2022年2月 その弟、内助の功かつ名探偵 愛及屋烏
ヒラメは女将を殺したか? 起
「ただいま~」
その日も、久留宮耀【くりみやあきら】は、棒になった足を引きずるようにして自宅マンションに帰宅した。 抱えた案件が進展する気配は一向に無い。 それでも、残業中の仲間達を尻目に帰ることを許されたのは、自分の性別や年齢が理由なのだろうかと暗い考えが脳裏を過ぎる。
「(むしろ、毎度のパターンを期待されてる……?)」
『久留宮が案件を持ち帰ると何故か解法を見つけてくる』というのは既に仲間内での共通認識になりつつあった。 一、二度なら偶然で通るだろうが、両の手で足りない回数というのは流石に無理がある。その実績故に耀は、相応の立場やら表彰やら給金やらを獲得するに至ったわけだが……。
「あ、いい匂い」
最初に鼻腔に感じるのは生姜。これは、煮魚?だろうか――の匂いがする。
「姉さん――お勤めご苦労様」
パタパタとエプロンを外しながら、自身を出迎える愛弟の甲斐甲斐しい姿。
「いや~、つくづく――いい嫁持ったわ」 「お・と・う・とです!」
現状、残された「ただ一人の肉親」と枕詞が付くが。 弟――久留宮ゼルは、耀にとっては腹違いの弟という奴だった。
日本人の実母が早逝した後、父が仕事で知り合ったフランス人女性と再婚というウルトラCをかました結果、ハーフ美少年の弟が爆誕したのだ。 ちなみに明らかに母似。
外国人嫁を捕まえるので運を使い果たしたのか、その後に夫婦揃って事故死するのは少々生き様が派手すぎるとは思うが。 現在は姉弟二人、残されたマンションで二人暮らしをしている。
「毎晩、御飯用意してくれてるのは嬉しいけど、仕事は大丈夫なの?」
色々と不規則な仕事をしている姉を支える家事万能な弟に感謝しない日は無い。
「ん-、ボクが〆切に追われたことが今までに一度でもあった?」 「(なに、このドヤ顔。――天使なの?)」
両親の死後、暫く――専門的な学校を卒業した耀が働き始めた頃、当時のゼルは中学生だったが在学中に仕事を見つけ、進学はしなかった。 文才と絵心があった彼は『絵本作家』という天職を捻り出してきたのだ。
巡り合った、ではない。
両親の遺産、姉の仕事に家事の事やら諸々を踏まえ――在宅のまま、稼げる仕事を考えたのだろう。デビューに際して、自分の整った容姿や両親が事故死して、子供二人残された事すら『利用』する姿に耀は弟の本気を見た。
現在では「動物と飼い主」を中心にした、その絵本シリーズは結構な人気だ。 一方で作者本人の人気は、それ以上だ。 たまにテレビ出演する事もある始末。クイズ番組で無双する姿は誇らしいが。
その収入は久留宮家の家計を二人で暮らしていく上で、心配のないレベルを維持する上で大部分を負担してくれている。 姉たる耀は割と本気で弟に養われてる自覚があった。
「……その上で自分の仕事でも頼ると言うのは」 「姉さん、今日もする?」
蠱惑的な視線が、自身を貫いている。心臓の鼓動が不規則になった気がした。
「いつもの世間話」
あぁ、見透かされている。
世間話――そういう体で――刑事の姉は作家の弟に家事以上に――頼ってる。
to be next page. 01-B