あなたは異常者ではありません…どこにでもいる何の変哲も無い常人ですよ。
彼女は私を見つめて朗らかな笑顔を浮かべ、言葉を切った。
多忙な中で分刻みのスケジュールをこじ開けてもらい設けてくれたこの席。
いかに自分が苦悩し現実に対して適応するのに悩んだかを打ち明けた結果紡がれたその言葉に声が出なかった。
私の為に選んでくれただろうハーブティーとおしゃれなお茶菓子の色彩が認識できなくなっていた。
私の目に見える落胆した様子に彼女は困った様子を見せ、精一杯繕った言葉をかけてくれたがその声は理解できずこの場の空気に溶けていった。
目の前にいる人物は本当に今まで尊敬し目標として崇敬さえしていた彼女なのだろうか?
はっきりと一線を引かれた現状ではまともなアドバイスを貰える期待もできないだろう。
それでも納得などできない。
今まで必死に食らいついてきた修練と研鑽の日々が彼女にとって何の意味ももたらさないお遊びの暇潰しでしかなかったなどと受け止められるはずも無かった。
輝いて見えていたあの時の憧憬や理想像は私が辿り着ける場所ではなかったのだ。
それでも…
私はせめてこれまでの苦悩の程を認めてもらおうと懇願しようとして、気付いた。
数多の可能性や才覚の持ち主より私が彼女に選ばれたただひとつの理由。
彼女がどれほど今日の日を待ち望んできたのか察しがついてしまった。
凝縮された人間の激情によって形成されるという禁忌の術式…「自分への根源的従属ネットワークを本能として受け入れさせる」という古代魔術の依り代の作り方。
その理想の器…魔術的素養を持ちながら”魔術を扱えない者”という条件。
私の中に練り上げられた人間的葛藤と信頼を断つことによって湧き上がる絶望と激情こそ彼女の求めていた「素材」だったのだ。
それに思い立った時、彼女と過ごした唯一無二の時間が醜く朽ちていく苦しみが心の中に満ちていく。
その様子を満足そうに眺めていた彼女は優雅に手を差し出し軽く指を鳴らした。
その瞬間私の視界は輪郭を失い歪んでいく。
意識が途切れる最後の瞬間まで彼女の笑顔が崩れることが無かったのが悔しく、私は自発的に情報取得を断絶した。
「今回の面倒事の原因はあの”虚絶の魔女”だというわけか…ちょっとウチだけでは荷が勝ちすぎる案件かな。」
エレノアは報告を受けた内容を俯瞰して眉を寄せる。
アメリカ国内に置ける魔導師案件は基本的に連邦政府直轄の暗部組織が対応し、必要に応じて私達のような表向きの治安維持部隊が連携するという形になっている。
しかし今回の事案は暗部組織が動くにはリスクが大きい世界的VIPが絡んだケース。
世界中の政財界ネットワークを管理維持するアリステイル財閥の当主の身内が巻き込まれた当事者だからだ。
内々に処理しようとすればアメリカ国内だけでは無く世界中の魔術界関係者や異能者団体を刺激することにもなりかねないだろう。
だが公的に対処するのも難しい話。
件の”魔女”は現地の土地の管理者を隷属させているとの情報もある。
下手に突けばこちら側が加害者として処理されかねない。
ふむ…
エレノアは八方ふさがりの中で思案を巡らせた結果、最も手を付けたくない手段に思い至ることになる。
「敵対した者の精神を焼き尽くす救済の炎」を宿したひとりの少女。
彼女への貸しを清算することで協力を依頼することだ。
それは仮にも公的治安維持部隊のチーフとしての矜持を曲げる事にも繋がるが背に腹は代えられない。
自分のちっぽけなプライドより人々の平穏の方が重要なことに変わりはない。
エレノアは意を決すると直属の上司へホットラインを繋いだ。
自らのこの決断が最善の選択になることを祈って。
