2022年2月 その弟、内助の功かつ名探偵 愛及屋烏
ヒラメは女将を殺したか? 転
Continuation from last page. 01-B
弟との世間話の結果を受けて、耀は早々に動いた。 翌日その『海難事故』の照会を行い、解決の糸口を掴んだ事を確信した。
最終的な全体像こそ見えていないが方向性は正しい、と。その熱と勢いのまま、裏取りの為に一日を費やし、その日は自宅へは戻らなかった。 勿論、ゼルには昼前に何日か帰らない旨の連絡はした。
そして署に泊まった翌日――昼休憩のタイミングで耀は、署の屋上でゼルに報告と答え合わせを兼ねた連絡を取っていた。
「最初、事故なんて言うから……不倫じゃなくて脅迫かと思ったわよ」
若社長がやらかして、それを知った女将が脅迫者になったのか、と。 だが事実は、それとは大分異なっていた。
「まさかヒラメ社長のクルーザーが座礁して、海に落ちた彼が――」
近海で漁をしていた男性に救助されて一命を取り留めた。 その漁師が被害者の夫だったのだ。 それが七カ月前の事。
〈例の貢物は半年前から――退院後から始めた『御礼』だった訳だね〉 「夫の表彰とクルーザーの買い替えの話から、思いついたのね?」
流石にここまで調べれば、弟がどんな思考経緯を辿ったのかは分かる。
〈というか、姉さんの例えがそのままズバリだったからさ〉 「例え?」 〈漁師と女将――そしてヒラメが登場する話があるんだよ、グリム童話に〉
要約はこうだ。
かつて、海辺であばら屋(豚小屋)で妻と一緒に暮らしている貧しい漁師がいた。 ある日、漁師は金色のヒラメを捕えるが、ヒラメは見逃してほしいと頼む。 自分は魔法でヒラメにされた王子なのだと。 漁師は、親切にもヒラメをリリースする。
妻がその話を聞くと、ヒラメに願いを叶えて貰うべきだと言った為、漁師は海に戻る。漁師はヒラメに、素晴らしい家を与えてくれるように願う。 漁師が家に帰ると、そこには見事な豪邸が建っていた。
妻にせがまれて、漁師はまた海へ行き、ヒラメを呼び出す。漁師は新しい富に満足しているが、妻はそうではなかった。
ヒラメにさらに要求すること、それは漁師が王様になることだった。 漁師が嫌がると、ならば自分が王になると言い出す妻。
まだまだ願いをかなえたい妻は、夫をヒラメのもとへと送り出す。 夫は間違っていると思うが、妻には物事の道理が分からない。
ヒラメを悩ませてはならないと思う夫に対し、妻は沢山の願いに全く満足していなかった。ヒラメは次々と願いを叶えてくれるが、その度に海は荒れていく。
最終的に、妻は月と太陽を制し、神と同じレベルになりたいという行き過ぎた願いをかける。その最後の願いが行われる時、ヒラメは全ての願望を無かった事にして、元のあばら家に漁師と妻を戻すのだった。
そのおかげで、海はもう一度穏やかさを取り戻した。
「――何よ、それ!?」
こんな。こんな現実とそのまま符号するような事件が起きるとは。 若社長の御礼も夫に要求するように言ったのは被害者である、女将だった。 漁師経由で伝えられる要求を若社長は叶え続けた。 命を救われた感謝を示す為に。
漁師に助けられた力を持ったヒラメ。御礼を求めるように夫を急かす女将。
〈ビックリするよね? でも、実際はどうかな〉 「いや、どうかなって」
追加調査で御礼には車や家まで含まれていた事が判明している。 既に御礼で済ませるには規模が大きい。
「御礼の要求が『タカり』になりつつあって、若社長が――」
女将はホテルの部屋を用意していた。つまり、実際に若社長に会って何かを――下手をすれば彼自身を求めたのではないか。御礼という名で貢がれているうちに――それこそホスト通いの女が相手が仕事でやっているのを忘れて本気になるように。
〈問題はクルーザーかな。それと〉
当人達には警察が海難事故に気付いた事は伏せた上で追い込んだ方がいい。
〈若社長の感謝の度合いが本当はどんなレベルなのか分からないから〉
そして、金銭感覚というのは主観に過ぎないのだ。
さて――ヒラメは女将を殺したか?
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