唐突ではありますが、日本にはこんな神話があります。
太陽を司る神、「天照大神」(アマテラスオオミカミ)の話です。
この神様は、弟である「須佐之男命」(スサノオノミコト)海や嵐を司る神で、かなり、感情の振れ幅が大きい存在として描かれています。さらに、天照大神にはもう一人の兄弟「月読の命(ツクヨミノミコト)」もおり、三貴神と呼ばれる神々の一人です。三貴神は、天地開闢(てんちかいびゃく)の神である、伊邪那岐(イザナギ)・伊邪那美(イザナミ)の子として生まれ、神話の流れの中で重要な系譜を担っています。その中で、月を司る月読の命は、太陽と並ぶはずの光でありながら、今は、空を間違えて巡る存在として語られています。
昼と夜が分かれたように、近くにいても、交わらないこともある。けれど月は、見えないだけで、ちゃんとそこに、在り続けています。
やがて、須佐之男命が、乱暴な行動を重ねた結果、天照大神が心を痛め、岩の奥に隠れてしまいます。これが、【天岩戸物語】です。
すると、世界は光を失いました。
その時、周りの神様たちは何をしたのか。
これが【岩戸神話】です。
神様が隠れてしまうと、世界は急に静かになります。
明るさが消えたというより、元気がなくなったような天気です。
周りの神様たちは、どうしたらいいのかわからず、しばらく立ち尽くしていました。
八百万の神々が集まり、天照大神が岩戸に隠れてしまった世界のバランスを見守り、少しでも光を取り戻そうと知恵を絞ります。
声をかけてもきっと届かない気がしたのでしょう。
そこで、相談して少しだけ賑やかにしてみることにしました。
笑ったり、踊ったり、楽しそうに過ごしてみる。
「大丈夫だよ。」という代わりに、外の世界はまだあたたかい場所だと、伝えるために。
岩の奥にいた天照大神は、その気配に少しだけ顔を上げます。
無理に呼びかけるでもなく、ただそこに在りました。
だれも「出てきて」とは言いません。
外がまだ続いていることを、変わらず回っていることを、そっと知らせるように。
その音は、静けさを壊さずに静けさへ混ざっていきます。
少しだけ、光が戻ります。それは世界を照らすほどではなく、
けれど、外を思い出すには十分な明るさでした。
岩の隙間から光が一筋だけこぼれます。
外では、相変わらず笑い声が続いていました。
上手ではない踊りと、そろわない手拍子。
きっと、見せるためではなく、待つための賑やかさ。
「急がなくていいよ」と、言葉にしないまま伝える時間です。
その様子を見て、天照大神は小さく息をつきました。
少しだけ肩の力を抜いて。
ほんの少しだけ岩を押します。
目を細めながら、外へ出ると、
誰かが特別に喜ぶでもなく、ただ自然に場所があきました。
最初からそこにいるはずだったみたいに。
光はゆっくり広がり、静かに動き始めます。
神様だって外に出たくない日がある。
でも、外はいつでも戻ってきていい場所でした。
岩戸では、乱暴な神として描かれた
須佐之男命。
けれど、彼はのちに、出雲の地で「八岐大蛇」(ヤマタノオロチ)を退ける英雄となります。
そしてその勇敢な行動によって、人々を守る存在としての顔も描かれています。
八岐大蛇の尾から現れた剣…
草薙剣(くさなぎのつるぎ)は、やがて姉である天照大神の元へと渡りました。
神話の中でさえ、
一つの出来事だけで、その神のすべては決まりません。
これが、【八岐大蛇物語】(やまたのおろちものがたり)です。
そして、今日もどこかで、少しだけ岩を押しているかもしれません。
