大好きなおばあちゃん

それはある入院中のこと。
リハビリにも慣れ、両足を地面についても大丈夫になった時期。
退院が待ち遠しくなってたころ。
母との面会を待っていた時でした。

急遽面会に来られなくなった、と連絡が。
数時間経ったあと電話で連絡しました。

それは祖母の訃報。

予想はしてました。

急遽来られなくなったということは何かあったのだろうと。
父か、母方の祖母か、父方の祖母か。はたまた兄弟?なんて考えてました。

答えは母方の祖母が亡くなっていたということでした。

私はその時入院中。
私を心配させまいと母は優しい口調で話をしてくれました。
そして問われました。

葬式に出たい?

私は即答で「うん」と答えました。

それから数往復会話をして電話は終了。
終わった途端、涙があふれて仕方がありませんでした。

何故、私は入院しているのだろう。
何故、私は怪我なんてしてしまったのだろう。
何故、今母のそばに居てあげることが出来ないんだろう。
もっと祖母と一緒に居たかった。

私は自分を責めました。

涙が枯れた時、母から遅れるけど面会に来れそうだと連絡が来ました。
私は病院内にあるカフェでお茶をすることを希望しました。

そこで詳細を聞きました。

母方の祖母は北仙台の方に一人暮らしをしているのですが、認知症を患っていて
週に一回、母が掃除や一緒に買い物などをしていました。
デイサービスにも通っていたのですが、それを休んだという話でした。
母から連絡しても応答がなく。
それで家に向かったら亡くなっていた、という話でした。

それから他愛もない話もしつつ面会は終了しました。

私が葬式に出たがっているという話を母が看護師さんや医師の方にしてくれて、
難なく外出許可をいただくことが出来ました。

そして葬式当日。
私は喪服ではないけど、喪服に見えなくもない大きめのワンピースをまとい
移動手段が車いすだったので介助してもらいながら葬式へ。

私は葬式という場がとても苦手です。
ですが、大好きな祖母のことを思えば大丈夫でした。
というより、入院して会えなかった分きちんとお別れはしなきゃいけない。そういう思いでした。

不思議と涙は出ませんでした。

そうして葬式と火葬を終え、病院に戻りました。

父と兄弟には車いすの出し入れや、乗り降りで面倒をかけてしまいました。
母や葬式場、火葬場でも車いすに配慮してもらいました。
怪我していたことが不甲斐なかったです。

とても感謝しています。

私は祖母が好きです。
認知症を患ってからは食べられなくなったけど、
祖母の作ってくれる料理が好きでした。
認知症になっても私を忘れないでいてくれた、祖母が大好きです。

ありがとう。大好きなおばあちゃん。
天国で安らかに。

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黄泉乃ミヨ

イラストを描くことが好きで、主に女の子のイラストを描いています。エッセイやコラムにイラストを添えいます。

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