漢字の由来
熊本県の地名は、もともとは「隈本」と表記されていました。
1607年に加藤清正が城を築いた際に「隈」の字が「隈(おそれる・かしこまる)」を含んでいるため、武将の居城としては相応しくないとして「熊」へ変更したのが由来とされています。
「隈」は川の屈曲部(くっきょくぶ)や山のうねりを表す地形に由来する言葉になっています。
地名の由来と変遷
「隈本」から「熊本」へ
加藤清正が「隈」の字を勇壮な「熊」に改めて「熊本」としたそうです。
古代の「クマ」の語源
地形由来説
古代語で崖の下の湿地を指す「隈」「ムタ(湿地)」から由来したという説
朝鮮由来説
高句麗(こうくり)から来た人々(高麗:こま)が住む土地「コマモト」から転じたという説
歴史的表記
南北朝時代以降の文献には「隈本」の名が見られます。
歴史
熊本は古代から「火の国」とよばれ、約2万8000年前の旧石器時代からひとが住んでいました。
中世の肥後国を経て、戦国~安土桃山時代に加藤清正が築いた「熊本城」を中心に城下町が発展していきました。
細川氏の統治、明治の西南戦争、近代化、そして現代まで豊かな自然と力強い城の歴史が色濃く残る土地となりました。
1、古代~中世(火の国~肥後国)
「火の国」の由来
古代、この地を治めた有力豪族「火君(ひのきみ)」に由来し、後に、「肥の国」から、さらに「肥後国」となっていきました。
古墳・遺跡
縄文時代の遺跡や金装飾の鏡などが多く出土する装飾古墳が多数発見されています。
2、近世(加藤清正と細川氏)
熊本城築城(1603年頃)
関ヶ原の戦い後、肥後一国を与えられた加藤清正が熊本城を築城し、現在の熊本の基盤を作りました。
熊本藩・細川氏
加藤家改易後、細川忠利が移封され、幕末まで細川家が藩主を務めていました。
3、明治~現代
西南戦争(1877年)
熊本城は「不落の名城」として西郷隆盛率いる薩摩軍の攻撃を耐え抜いたのですが、市街地は焼失しました。
文明開化と文豪
第五高等学校(旧制)に夏目漱石や小泉八雲が赴任するなど教育・文化の拠点として発展していきました。
現代の熊本
2011年の九州新幹線全通、2016年の熊本地震からの復興などを経て、2012年には政令指定都市へと移行しました。
4、代表的なスポット
熊本城
加藤清正の技術が詰まった名城です。
水前寺成趣園
細川藩ゆかりの庭園
田原坂公園
西南戦争の激戦地
通潤橋
江戸時代に作られたという日本最大級のアーチ式石橋
