歴史
ちらし寿司の歴史は江戸時代まで遡ります。岡山藩の「一汁一菜」という厳しい倹約令に対し、庶民が具材をご飯に混ぜ込むことで贅沢を隠した「ばら寿司」が起源とされています。
江戸時代後期には現代の「ちらし寿司」に近い形が全国に広まっていきました。
江戸では握り寿司の切れ端を使ったまかない飯です。西日本では具材を煮た「五目ちらし」として発展しました。
起源と「倹約令」の知恵
江戸時代初期(1654年頃)、岡山藩の初代藩主・池田光政が「一汁一菜」の倹約令を出しました。
これに反発した人々が魚や野菜をご飯に混ぜ込み、「見た目は一菜だが、実は具だくさん」な食事にしたのが「ばら寿司」の始まりとされていまし。
「ちらし寿司の日」由来
池田光政の命日である6月27日が「ちらし寿司の日」として制定されています。
江戸前と西日本の違い
江戸(東日本)
握り寿司の職人が、残ったネタを酢飯の上にのせた「まかない飯」が発祥とされています。
上方(西日本)
具材を煮て甘辛く味付けしたものを混ぜ、錦糸卵や高野豆腐などを散らしたものが主流です。
雛祭りとの関連
江戸時代、雛祭りには華やかな料理を食べる文化が広まる中で、縁起の良い具材(海老₌長寿、蓮根₌見通しが良い)を使ったちらし寿司が定着しました。
地域による特徴
岡山「ばら寿司」
鰆(さわら)やままかり、煮た野菜が特徴
関西「五目寿司」
錦糸卵・高野豆腐・椎茸など
関東「江戸前ちらし」
マグロ・エビ・サーモンなどの生魚
