余計なことを、とよぎった悪態はしかし、この状態の彼に向ける言葉ではない。喉元まで出かかったそれを飲み下して、私は通信端末を取り出した。
「こちら希空、第七層にて怪我人を保護。腹部からの出血がひどいため、至急階層転移の許可を」
「え、ちょっ大丈夫だってば!」
「そうは言われても、このまま放置できません。仮にあなたが自殺志願者だったとしても、見殺しにすれば私が罪に問われます。はっきり言って迷惑なので、治療を受けてください」
うぐ、と彼が息を呑む。転移——平たくいえばワープのための準備を、組織が進めているであろう間に、私は砂の回収を急ぐことにした。
……しかしまあ、自殺志願者だったとしても、か。よくもまあそのようなことが私の口から言えたものだ。
現に今、自分が苛立っていることを自覚している。こいつはきっと知らないだろう、私が夜眠るたびに、翌朝目覚めないことを期待しているなど。あのまま死にさえできれば、嘆くどころか万々歳だったというのに。
「なんでそれ、集めるんだい」
無言のまま、その砂を瓶に詰め出した私に、男はこてんと首を傾げる。あざといぞ、と言いたいところだが、美人は何をしても似合ってしまうらしい。
「だってこれは、神の亡骸です。この方舟の中にいて、知らないわけはないでしょう?」
言えば少し、男は考えるそぶりを見せた。
「いや、実物を見るのは初めてでね。それにこれが、君たちの収集に値するということくらいしか僕も知らないんだ」
「そうですか、大方それで構いません」
実際、詳しいことは企業……ではなく組織秘密だ。移動の許可が降りるまでには済ませておきたい。他の物質と混じり合うことなく、ただひとつの方法でしか分解できないこの砂は、世界が水に沈んで久しい今——何よりも貴重なものだった。