アダムはいなかった 「遭遇」2

 余計なことを、とよぎった悪態はしかし、この状態の彼に向ける言葉ではない。喉元まで出かかったそれを飲み下して、私は通信端末を取り出した。

「こちら希空、第七層にて怪我人を保護。腹部からの出血がひどいため、至急階層転移の許可を」

「え、ちょっ大丈夫だってば!」

「そうは言われても、このまま放置できません。仮にあなたが自殺志願者だったとしても、見殺しにすれば私が罪に問われます。はっきり言って迷惑なので、治療を受けてください」

 うぐ、と彼が息を呑む。転移——平たくいえばワープのための準備を、組織が進めているであろう間に、私は砂の回収を急ぐことにした。

 ……しかしまあ、自殺志願者だったとしても、か。よくもまあそのようなことが私の口から言えたものだ。

 現に今、自分が苛立っていることを自覚している。こいつはきっと知らないだろう、私が夜眠るたびに、翌朝目覚めないことを期待しているなど。あのまま死にさえできれば、嘆くどころか万々歳だったというのに。

「なんでそれ、集めるんだい」

 無言のまま、その砂を瓶に詰め出した私に、男はこてんと首を傾げる。あざといぞ、と言いたいところだが、美人は何をしても似合ってしまうらしい。

「だってこれは、神の亡骸です。この方舟の中にいて、知らないわけはないでしょう?」

 言えば少し、男は考えるそぶりを見せた。

「いや、実物を見るのは初めてでね。それにこれが、君たちの収集に値するということくらいしか僕も知らないんだ」

「そうですか、大方それで構いません」

 実際、詳しいことは企業……ではなく組織秘密だ。移動の許可が降りるまでには済ませておきたい。他の物質と混じり合うことなく、ただひとつの方法でしか分解できないこの砂は、世界が水に沈んで久しい今——何よりも貴重なものだった。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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