アダムはいなかった 「方舟」1

 ——方舟。それは私たちが暮らす、途方もなく巨大な立方体の名だ。

「今も『外』では、世界を沈めた雨が止むことなく降り続けています。だから私たちは、生きるため方舟に逃げ込んだ。
 そして……このスラムにこそほぼ恩恵は届きませんが、方舟の中を、太陽の代わりに照らすシステムの燃料。それが『これ』です、見かけることがあればご報告を」

「……スラムにいるような輩に、それを教えてもいいのかい? 独り占めするかもしれないだろうに」

「ですが人に例えれば、これは焼け残った骨のようなものです。元より神は人間に化け、人の中に紛れ込む者。正しく使わなければただ、何者とも知れぬ亡骸としてそこに在るだけです。
 加えて、『これ』を我が組織に提供した者には、少なくとも一段は上の階層に、家族ごと移住することが可能になります。つまり、このような場所を出て日の光の元で生きられる。
 そのような可能性を秘めた、ただ赤いだけの砂を、あなたは黙って手元に置きたいと思いますか?」

 瓶に収めたそれを手に立ち上がる。通信端末が階層の移動を許可するメッセージを受信していた。

「申し遅れました。私は方舟の環境保全組織、『太陽の聖櫃』職員の佐倉希空です。あなたが怪我をした状況としては、私と『この者』の戦闘に巻き込まれて、ですか?」

「いや……君が戦闘を終えて、砂を回収しようとした瞬間に、君を撃とうとしているやつが見えた。だから割り込んだんだ、焦っていたから詳しくは憶えてないけど……」

「そうですか。助けてくださって、本当にありがとうございます。
 ですがどうして、見知らぬ私のためにそこまで……?」

 問うておいてなんだが、これでもし、「困ってる人なら全員助けるべきだ」なんて言われたらどうしよう。その場合とんだ善人か、あるいは大馬鹿者かという話になるが……

「そりゃあ目の前で死にそうになってる君を、放置したら寝覚めが悪いだろ?
 当然のことじゃないか、これは僕のためでもあるからさ」

 ……おそらくどちらでもないが、なんかまずいやつに助けられた気がする……

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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