「こちらとしては、全員殺したとばかり思っていた神が新たに現れた、というだけで大パニックものだ。それを一定期間でこそあれ見逃して、かつ願いまで叶えてくれと言われて『はいそうですか』と頷けるだけの理由がない。
なにせ、俺たちの目的は『地上にいる全ての神を殺し、その亡骸を捧げて太陽を取り戻すこと』だ。せっかく神を狩り続け、その数を減らし続けていたというのに……どこからか現れたお前を世に留めておくことに関して、こちらにメリットはあるのかという話になる」
「あるよ。ついでに言えば、僕は最後の神だという保証もできる。まあこれに関しては、今信じてもらえないとどうしようもないかな……見える形では証明できないからね。
それでメリットだけど、何より僕が逃げるのを阻止できる。ここで約束を交わしたら、僕は逃げないように己を縛る理由ができるんだけど……それがない限りは、ふらっとどこかに行っちゃうかもしれない」
「脅しに聞こえるが」
「そんなそんな。だって約束してくれないし僕を殺したがってる人のところに、長居する理由なんてあると思う?
で、こちらから提示する『用事』は、さっきも言ったけど三つ。
——一つ目、僕はとある人物のためにやって来た。だからその人物の力になりたいんだ。二つ目、この方舟と太陽について知りたい。三つ目は長いこと引きこもっていたせいで、僕のことを知る者がいないんだ。だから誰かに必要とされてみたい。それだけだ」
無言の睨み合い、というよりは視線での牽制が数秒。そうして溜め息と共に折れたのは、意外にもジェイドの方だった。
「……佐倉、そういうことだ。この男をしばらくの間、徹底的に監視しろ。加えて調査も必要だ、組織の資料室に立ち入る権利も与える。
だが、七日だ。猶予は今日を含めて七日。それ以上こいつに割いていられる時間はない、期間内に用が済まなくともその時点で殺せ」
「え、っ」
「聞けないのか?」
「あ、え、分かりました!」
「うん、ありがとう。助かるよ」
「こちらに不利な条件があると判明すれば、後からでも撤回するぞ」
「ご自由に。でも言いがかりはやめておくれよ」
それじゃあやるか、と呟いたサイラスの首元に、チョーカーのような輪が浮かび定着する。これが彼の言う、約束で縛ることの証なのだろうか。
「よし、完了。よろしくね、ご主人様とでも呼んだ方がいいかい?」
「フン、くだらんな。
——佐倉、こいつを殺すための準備は怠るなよ。怪しい動きがあればすぐさま報告しろ、間違っても情など抱くな。それで殺せません、などと言ったらまとめて俺が殺す。
分かったのならさっさと出ていけ。サイラスもだ、今ここにいるのがお前の同族殺し組織のトップであることを忘れるな」
「そうだね、じゃあ行こうか。ばいばい!」
そして無邪気に私を連れて、執務室から出た途端。彼が「こら」と上げた声に、私は肩を跳ねさせた。
「右袖に、ナイフ隠してるでしょ。バレてるよ」
「……何が、目的ですか」
「目的か、さっき言ったことが全てだよ。もう少し言うなら、僕は君の力になりたくてやって来た」
「いらないと言ったら」
「うーん、でも僕の『願い主』は間違いなく君だ。つまり君には、叶えたい願いがあったということだろう?」
……何を言ってるんだ、こいつは。
「なんでそんなに、心外そうな顔するんだい」
「当たり前、でしょう。私が神に願うなんてそんなこと、天地がひっくり返ってもありえない」
「そうなのかい? じゃあ僕と君が出会えたのも、奇跡的な確率の上に成り立つことなんだろうね」
うるさい、それ以上話すなと言うことは簡単だ。けれどそう言ったところで、無駄だろうということもなんとなく理解できた。