「……また今日も、死ねなかったなあ」
呟いて、時計を見れば午前10時を過ぎたところで。重くぼやけた思考のまま、ベッドから出ていつもの服に着替える。
どうして今さら、昔の夢なんか見るのだろう。吹っ切れたわけでこそないが、できるだけ考えないようにしていたのに。そんな感傷と共に階段を降りれば、鼻先を味噌汁の香りがくすぐる。
「……何、してるんですか?」
「あ、おはよう。せっかく部屋とか貸してもらってるわけだし、昨日言った通り家事してるとこだよ。
それに今日も、午後から仕事なんだろう? なら何か、胃に入れておいた方がいい」
長い髪を三つ編みにして、エプロンと共にキッチンに立つ彼を、一瞬記憶から掘り起こせなかった。構えかけた手は行き場なく落ちて、こぼれたのは気の抜けた声だ。
「私も色々……考えて、食材買ってたんですが」
「それに関しては大丈夫。さっき制服を受け取ってきたついでに、活動資金を渡されたんだ。だから自分で買ってきたし、古くなりかけてたものは入れ替えておいたよ。あと自分用の食器も買った!」
言われるがまま、冷蔵庫を覗けばきれいに整頓されている。加えて、入っているのは私の好きなものやその材料ばかりで——結論から言えば、腹の虫は正直だった。
「人間は、定期的に食事をとらないと死ぬって聞いたからね。それでこれ、ミソスープっていうんだよね? 朝はこれが鉄板だとも聞いた」
「……私の知らないところで作られたものを、呑気に食べるとでも思ったんですか」
「え、毒とか入ってるのを疑ってる? でも劇物とか武器ってさ、今じゃ組織の偉い人が管理してるって聞いたけど」
「当たり前です。もし横流しがあったとしても、多額の金であいつらは動きます。あなたみたいな輩に渡る……わけ……」
しまった、と思った時にはもう遅い。慌ててサイラスへと視線を移せば、わざとらしくそっぽを向いているが肩は震えている。
「……っふふ、君は本当に真面目で素直だなあ」
「怒りますよ」
「ごめんって。それに僕が、君に危害を加える理由はないだろう?」
「いえ、私の知らない部分で何かがあったかもしれないですし」
「ないよ、そんなの。もっと言えば、神の不思議パワーで毒とかを錬成しましたー、みたいなのもない。それにそもそも、僕が君に何かするつもりだったなら……寝てる君を直接襲撃した方が、よほど楽だし効率的だと思うけど?」
言い返せない。だが納得してやる気にもなれず、とりあえず冷蔵庫を閉める。足元に一瞬、冷たさが流れて消えた。