アダムはいなかった 「日常」1

「……また今日も、死ねなかったなあ」

 呟いて、時計を見れば午前10時を過ぎたところで。重くぼやけた思考のまま、ベッドから出ていつもの服に着替える。

 どうして今さら、昔の夢なんか見るのだろう。吹っ切れたわけでこそないが、できるだけ考えないようにしていたのに。そんな感傷と共に階段を降りれば、鼻先を味噌汁の香りがくすぐる。

「……何、してるんですか?」

「あ、おはよう。せっかく部屋とか貸してもらってるわけだし、昨日言った通り家事してるとこだよ。
 それに今日も、午後から仕事なんだろう? なら何か、胃に入れておいた方がいい」

 長い髪を三つ編みにして、エプロンと共にキッチンに立つ彼を、一瞬記憶から掘り起こせなかった。構えかけた手は行き場なく落ちて、こぼれたのは気の抜けた声だ。

「私も色々……考えて、食材買ってたんですが」

「それに関しては大丈夫。さっき制服を受け取ってきたついでに、活動資金を渡されたんだ。だから自分で買ってきたし、古くなりかけてたものは入れ替えておいたよ。あと自分用の食器も買った!」

 言われるがまま、冷蔵庫を覗けばきれいに整頓されている。加えて、入っているのは私の好きなものやその材料ばかりで——結論から言えば、腹の虫は正直だった。

「人間は、定期的に食事をとらないと死ぬって聞いたからね。それでこれ、ミソスープっていうんだよね? 朝はこれが鉄板だとも聞いた」

「……私の知らないところで作られたものを、呑気に食べるとでも思ったんですか」

「え、毒とか入ってるのを疑ってる? でも劇物とか武器ってさ、今じゃ組織の偉い人が管理してるって聞いたけど」

「当たり前です。もし横流しがあったとしても、多額の金であいつらは動きます。あなたみたいな輩に渡る……わけ……」

 しまった、と思った時にはもう遅い。慌ててサイラスへと視線を移せば、わざとらしくそっぽを向いているが肩は震えている。

「……っふふ、君は本当に真面目で素直だなあ」

「怒りますよ」

「ごめんって。それに僕が、君に危害を加える理由はないだろう?」

「いえ、私の知らない部分で何かがあったかもしれないですし」

「ないよ、そんなの。もっと言えば、神の不思議パワーで毒とかを錬成しましたー、みたいなのもない。それにそもそも、僕が君に何かするつもりだったなら……寝てる君を直接襲撃した方が、よほど楽だし効率的だと思うけど?」

 言い返せない。だが納得してやる気にもなれず、とりあえず冷蔵庫を閉める。足元に一瞬、冷たさが流れて消えた。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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