あの日のことは、今でもよく憶えている。当時の家に散らばった赤い砂も、ジェイドの表情が抜け落ちた顔も。いつまでも忘れられないまま、その真相さえ理解できないまま——今この時を、私は過ごしている。
「詳しいことは、組織の目的を除いて何一つ知りません。ただ私に分かることは、優しかったジェイドが豹変したこと、イヴはもう戻らないこと。そしてイヴは今、この方舟を照らす『太陽』となっていることです」
「……そっか、僕の睨んだ通りだったね。
それで、君はずっとひとりで?」
「雨が降り、箱舟の中に逃げ込んでからしばらくは、ジェイドと同居していましたがね。本部が完成してからは、ジェイドはそちらから帰ってきません。
……思えば雨が降り始めたのも、イヴが死んだ頃からでした。もしかしたら、それらの出来事には関係があるのかもしれませんが……父は何も、私には語りませんでしたから」
箸を置く。美味しかったと告げて、微笑むことも確かにできた。けれどあえて、半ば睨むようにしてサイラスに目をやる。
「……今日のところは、ここまでにしてください。私はあなたのように、へらへら笑って話ができるほど心が強くない」
突き放せ、心を開かせるな。どうせ私はこいつを殺し、こいつは私に殺される。そんな未来が確定している以上、仲良くなんかなりたくないし——なれるわけもないのだ。
だって神は、関わった者を不幸にする。私の本当の両親だって、神と人間の争いで死んだ。その上イヴも、その死によりジェイドを豹変させた。
「神は、嫌いです。私から色んなものを奪うくせに、自分のことは正義だって、被害者だって決めつける。だから私は、ジェイドの言いつけ通りに山ほどの神を殺しました。
……方舟の中にも、ジェイドのやり方に不満を持つ者は少なからず存在します。私だって一度、考えたことがある。これは本当に世界のためなのかと。彼らの願いにすがったことのない人間なんて、いるはずはないのにと。
でもそんなこと、もうどうだっていいんです。
私は神が嫌いだから殺す。故にあなたのことだって殺します。これ以上ないほど絶望させて、この世界への呪詛を吐くくらいまでの闇に突き落としてやる。組織の犬と罵られたっていい、果てが地獄でも構わない。
あなたが今向かい合っているのは、そういう人間です。分かったならこれ以上、近寄ろうとしないで」
言うだけ言って席を立つ。サイラスはなおも揺らぐことなく、私をただじっと見つめていた。