アダムはいなかった 「日常」4

 あの日のことは、今でもよく憶えている。当時の家に散らばった赤い砂も、ジェイドの表情が抜け落ちた顔も。いつまでも忘れられないまま、その真相さえ理解できないまま——今この時を、私は過ごしている。

「詳しいことは、組織の目的を除いて何一つ知りません。ただ私に分かることは、優しかったジェイドが豹変したこと、イヴはもう戻らないこと。そしてイヴは今、この方舟を照らす『太陽』となっていることです」

「……そっか、僕の睨んだ通りだったね。
 それで、君はずっとひとりで?」

「雨が降り、箱舟の中に逃げ込んでからしばらくは、ジェイドと同居していましたがね。本部が完成してからは、ジェイドはそちらから帰ってきません。
 ……思えば雨が降り始めたのも、イヴが死んだ頃からでした。もしかしたら、それらの出来事には関係があるのかもしれませんが……父は何も、私には語りませんでしたから」

 箸を置く。美味しかったと告げて、微笑むことも確かにできた。けれどあえて、半ば睨むようにしてサイラスに目をやる。

「……今日のところは、ここまでにしてください。私はあなたのように、へらへら笑って話ができるほど心が強くない」

 突き放せ、心を開かせるな。どうせ私はこいつを殺し、こいつは私に殺される。そんな未来が確定している以上、仲良くなんかなりたくないし——なれるわけもないのだ。

 だって神は、関わった者を不幸にする。私の本当の両親だって、神と人間の争いで死んだ。その上イヴも、その死によりジェイドを豹変させた。

「神は、嫌いです。私から色んなものを奪うくせに、自分のことは正義だって、被害者だって決めつける。だから私は、ジェイドの言いつけ通りに山ほどの神を殺しました。
 ……方舟の中にも、ジェイドのやり方に不満を持つ者は少なからず存在します。私だって一度、考えたことがある。これは本当に世界のためなのかと。彼らの願いにすがったことのない人間なんて、いるはずはないのにと。

 でもそんなこと、もうどうだっていいんです。

 私は神が嫌いだから殺す。故にあなたのことだって殺します。これ以上ないほど絶望させて、この世界への呪詛を吐くくらいまでの闇に突き落としてやる。組織の犬と罵られたっていい、果てが地獄でも構わない。
 あなたが今向かい合っているのは、そういう人間です。分かったならこれ以上、近寄ろうとしないで」

 言うだけ言って席を立つ。サイラスはなおも揺らぐことなく、私をただじっと見つめていた。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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