——我らが対立し、根絶やしにすべき「神」という存在は、いわゆる信仰の対象であるそれとは全くの別物である。
データベース直結の情報端末を起動し、該当ページを開いた途端書かれていたのは「太陽の聖櫃」所属のために必要な情報、の冒頭だ。内容が簡略化され、読みやすくなったらしい本が職員全員に配布されていた憶えがあるから、このデータこそが原本なのだろう。
曰く。ここに書かれているのは組織と「神」が対立する前に、とある神が証言した内容へと「多少の」改変が加えられたものらしい。もちろんそれが「多少」で済んでいないのは明らかだが、目を通しておいて損はないだろう。
……薄暗い資料室の中、宙を舞う埃がデスクライトの下でキラキラと光っている。咳き込むほどではないにしろ、精密機器を置いている以上、まめな掃除が必要だろうにいつもこうだ。
サイラスの監視を命じられたばかりではあるが、この資料室において彼の目に入っていい本などそう多くはない。そのため一時的に、彼を他の職員に預けてきたわけだ。裕福な家の生まれだったらしいジェイドの、個人的な蔵書なども置かれた部屋は文字通り宝の山なのだろう。
——信仰対象ではない方の神を「神」と呼ぶのは、様々な議論のもと彼らの「人智を超えた力を操り、人間にはない生命力の強さを誇る者」という性質を、適切に表現できる言葉がない、という結果が出たためである。そのためこれ以降登場する「神」という名称に関しては、明記されていない限り「我らが滅ぼすべきそれ」以外の意味を持たないものとする。
まあこの辺りは、それらしき単語を並べてこそいるが敵対以前は彼らもまた信仰対象だった以上、呼び方を変えるまでに至らなかったのだろう。なんなら至れなかった、という方が正しいかもしれない。
そこからはしばし、願い主のことや方舟のことが書かれたページが続く。とはいえ大方、私も知っているような情報ばかりだ。
「方舟はかつて、イヴという神が創造した巨大な立方体兼、我らに残された居住可能区域である。イヴが死した今も形を保っているのは、仮の所有者がいるためと推測されるが、詳しいことは謎に包まれている。全七層のうち最下層のスラムにおいて、一部浸水が見られる区域があるため修復が急がれる……」
「そっか、割とまずいことになってるんだね。放っておいたらみんな水の底、って可能性もあるんだ」
「そうですね、だからこそ『太陽』が重要視されるんです。元はと言えば同じ神が深く関わっているものですし……って」
なんでいるんですか! と続くはずだった悲鳴は、しかしサイラスの手によって塞がれ声にならない。もがく私に「ごめんね」と苦笑し、彼の手はそっと離れていった。
「見張りの人が居眠りしちゃってさ、退屈で仕方なくて。君が調べてる内容も、僕の用事に関わることっぽかったし……何より君に会いたくてつい」
「さっきまで一緒だったでしょう……私は会いたくなかったです」
「はは、つれないね。でもちゃんと、君の許可が下りた情報以外は見ないようにするから……追い出さないでほしいなあ、なんて……」
断りたい気持ちが九割。しかしどちらにせよ、ワープで障害物や距離を無視する男だ。それならば今見せなければ、余計なところまで漁られてしまう気もするし……
私の判断で見せる見せないを決めていいのかはいささか疑問だが、彼が来てしまった以上仕方ないだろう。頷けば「ありがとう」と浮かべられる笑みの、なんと嬉しそうなことか。