「私の母代わりだった神が、イヴという名だった以上。有名な神話を見るに、彼女にはもしかしたら、アダムと呼ばれる対の神がいたかもしれない。そう思うんです。
だからジェイドとイヴが出会ってしまったのは、アダムがイヴを愛さなかったからじゃないかと……漠然と、そんな感覚がありました。もちろんアダムという神がいない可能性もあり得ます、だって今まで殺した中に、そんな名前の神はいなかったから」
けれどそうとでも思わなければ、幼い私の心はもたなかった。だから私は、父に認められたかった以外に——いずれ出会うかもしれないアダムを殺すために、銃を握ったのだ。
「……だから、いいんです。アダムはいなかった。ただそれだけのことです」
そしてまた、室内には静けさが戻り。ソファの背後に立っていたサイラスが、無言のまま私の前に回り込んできた。
「……ねえ、希空」
顔を上げる。ひどく色のない目をした、サイラスがそこに立っていた。
「もしさっき、君が考え事してる間に……僕が君を、不死にしていたとしたらどうする?」
「……まさか。そもそもそんなこと、私は願ってないですから」
ありえない、と言う前に、伸ばされた手が私の手を取り。そのまま彼の口元へ運ばれ——優しくキスを落とされたかと思えば。
ガリ、と。鋭いエナメルが、右親指の皮膚を破って食い込んだ。
「い、ッ」
——だが。何を、と言うよりも早く。解放された手に目をやれば、まるで逆再生のように——穴のあいた皮膚が、元に戻っていく様を目の当たりにして。
嫌な汗が、私の頬を伝った。
「……なん、ですか……これ」
「少なくともあと五十年以上は、死なないでいてほしいからさ。特定の年数が経つまで、君の体が傷ついても即再生するように力を与えた」
彼の声は、誰の声か分からないほど平坦で。吐き気にも似た黒い塊が、胸の内側でぺしゃん、と潰れるのを、感じた。
「嘘……です、よね?」
「こんな嘘ついて何になるのさ。それに君も、今目の当たりにしただろう」
理解が及ばない。思考が止まり、頭の中が「嘘だ」に染まる。ヒュ、とひとつ、かすれた息がこぼれて落ちた。
「今までずっと、嘘ついててごめんね。本当は隠し通すつもりだったけど、僕のわがままに、君まで付き合わせるわけにはいかないから」
嘘だ、嘘だうそだ嘘だ。傷の塞がった右手を、強く握り込む。
「……改めて、自己紹介しようか。
僕の『本当の』名はアダム。この世界で最初に発生した、願いを司る最高神だ」