……まさか。
『そう、そのまさか。オレがお前に追いかけられて、スラムまで逃げて殺されてる間にどうやら……誰も来ない病室で、息を引き取ったんだろうな。さすがにあれは、効いた』
吐き出す息が震え、頬を新たな涙が伝う。この神だった砂に対してではなく——彼を待ちながら息を引き取ったであろう、少女のことを思うと耐えられなかった。
『……だから、オレはお前を許さない。ただそれはそれとして、お前にも深い事情があったということは理解した。
そこで、だ。オレはお前に、力の限り協力することを決めた』
(なんで、ですか)
『そりゃあ、孤独に死んだあの子の悲しみと、オレの命を無駄にしたくねえからだよ。
許せねえのは確かだが、もっと根本的な問題がこの方舟に根付いてるって分かった以上、ただ憎しみだけを抱えてても意味ねえだろうが』
(……砂の人……)
『ああもうなんだよ砂の人って! それが嫌だから名前付けてくれって言ったのに!
……言っとくが、オレにも名前はあったんだからな。けどそれは、決してあの子以外が呼んでいいものじゃねえ。だから教えねえぞ、テキトーでいいから考えろ』
なるほど、あくまでその少女を優先するスタンスか。ここで全幅の信頼を寄せられるよりは、その方がよほど信用できることは確かだ。
(じゃあ、アレク、はどうですか)
『お、なかなかいいじゃん。アレク「サンド」ロスから取ったんだなっていうのバレバレだけどな』
うっ、思考パターン私と一緒だぞこいつ。
『なんか今失礼なこと考えたろお前。
……まあいいや、ともあれよろしくな。オレに対して敬語はいらねえよ、だからオレもお前のこと希空って呼ぶ』
(分かった。ありがとう、よろしくね。
そういえばアレクの力って、結局何だったの?)
『そんなことも知らずにオレのこと殺したのかよ……「扉を開ける力」だよ』
……ん?
『あっ希空てめー、今絶対弱いなって思ったろ! 仕方ないだろ、あの子は誰も見舞いに来ない病室のドアが開いて、誰かが来るのを心待ちにしてたんだよ。
……きっとそれだけ、ずっと寂しかったんだろうなあ……』
なるほど。そして同時に、病の治癒を願わなかったということは……おそらく彼女は、その先の世界を生きるつもりは微塵もなかったのだろう。アレクさえそばにいてくれれば、それで幸せなまま死ねると思っていた、と。
『ま、そんなとこだろうな。病気を治して元気に生きたい、っていうよりは、最後の最期に寄り添ってくれるやつが欲しかっただけだろうから……』
だが、その願いは私のせいで叶わず……アレクもまた、肉体を失ったと。
……やはり、アレクにも申し訳ないことをした。しょぼくれる私に、『あーもう落ち込むな! 過ぎたことだ!』と上がる声もやはり、どこか元気がないように思えて。
『いやまあ、勝手に思考覗いてるオレが悪いな。すまねえ今は聞かないようにする。
……よし、それじゃあ希空。今日からお前も、オレの妹だ』