アダムはいなかった 「雑用」3

「……また採血ですか? 神は全滅したと聞きましたが、英雄様はまだ戦いたいんですね」

「違います。今までに、私以外に銃弾のため、採血をした方の記録をいただきたくて」

「何を今さら。もう不要になりましたし、随分前にそこのゴミ箱に捨てました。欲しいなら、漁ってみてはいかがですか?」

 ……まあ、こうなる気はしていたから大して驚きはしない。示されたゴミ箱に歩み寄り、蓋を開ければ山ほど紙が入っている。探すのは少し、骨が折れそうだ。

『……なんだ、こいつら。こんな奴らのところに、あの子は預けられてたのかよ』

 殺気立つアレクの声も、どこか遠く感じられる。だってこれは、今まで彼らがどれだけ忙しくしていようと、私が無理やり採血を優先させていたからだ。周りの事情など考えずに、方舟のためと大義名分を振りかざす私は、思えば本当に邪魔な存在だったのだろうな、と。

 理解しているからこそ、大して傷ついた様子もなく、私がゴミ箱を漁っていたのがよほど気に食わなかったのだろう。最初こそ嘲笑と共に、遠巻きにいたはずの連中のうち、一人が大股で歩み寄ってくる。

「聞きましたよ、ジェイド様とあんたは義理とはいえ親子だったって。ジェイド様はあんなに素晴らしいお方だというのに、あんたにそれは受け継がれなかったようですね。

 ……は、当然か。なんてったってあんたとジェイド様には、血のつながりなんてなかったわけですからね。一ミリでも彼の遺伝子を受け継いでいれば、少しは違ったかもしれませんが」

「なんなら異国の生まれだから、そんな暗い色の髪をしているんだろう? ああ違うか、暗いのは髪だけじゃなくて性格もだからな!」

『……てめえら……ッ!』

(アレク、落ち着いて。怒るだけ無駄だよ)

『だが、希空! こんな奴らがなんで、どうして命を救う側で……!』

(うん、大丈夫。君がそうやって怒ってくれるの、嬉しいし冷静になれるけど……大丈夫、だから)

 もしも体がまだあったなら、すぐにでも暴れ出していたであろうアレクの声が——言葉にした通りあまりにも救いだった。そうでもなければ少なくとも、耐えきれず泣いてしまっていただろうから。

「……ありました。ご協力いただきありがとうございます」

 そしてようやく、目的の書類を見つけて立ち上がった。腹が立たないわけではないが、まあ本当にあっただけいいか、と。簡単に目を通しながら、部屋を出ようとして——

「おっと、足が滑った」

 ノーマークだった足元に差し出された、職員の足につまずいた。

 咄嗟に床へと手をつこうとして、しかし叶わず倒れ込む。アレクのいるポーチが、完全に下敷きになった上で——腰元に刺さる、ガラスの感触があったことに頭が真っ白になるけれど。

「では、私はこれで」

 立ち上がり、なんとか叫び散らすことなく、私はその場を後にした。

  • 0
  • 0
  • 0

静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内