「……また採血ですか? 神は全滅したと聞きましたが、英雄様はまだ戦いたいんですね」
「違います。今までに、私以外に銃弾のため、採血をした方の記録をいただきたくて」
「何を今さら。もう不要になりましたし、随分前にそこのゴミ箱に捨てました。欲しいなら、漁ってみてはいかがですか?」
……まあ、こうなる気はしていたから大して驚きはしない。示されたゴミ箱に歩み寄り、蓋を開ければ山ほど紙が入っている。探すのは少し、骨が折れそうだ。
『……なんだ、こいつら。こんな奴らのところに、あの子は預けられてたのかよ』
殺気立つアレクの声も、どこか遠く感じられる。だってこれは、今まで彼らがどれだけ忙しくしていようと、私が無理やり採血を優先させていたからだ。周りの事情など考えずに、方舟のためと大義名分を振りかざす私は、思えば本当に邪魔な存在だったのだろうな、と。
理解しているからこそ、大して傷ついた様子もなく、私がゴミ箱を漁っていたのがよほど気に食わなかったのだろう。最初こそ嘲笑と共に、遠巻きにいたはずの連中のうち、一人が大股で歩み寄ってくる。
「聞きましたよ、ジェイド様とあんたは義理とはいえ親子だったって。ジェイド様はあんなに素晴らしいお方だというのに、あんたにそれは受け継がれなかったようですね。
……は、当然か。なんてったってあんたとジェイド様には、血のつながりなんてなかったわけですからね。一ミリでも彼の遺伝子を受け継いでいれば、少しは違ったかもしれませんが」
「なんなら異国の生まれだから、そんな暗い色の髪をしているんだろう? ああ違うか、暗いのは髪だけじゃなくて性格もだからな!」
『……てめえら……ッ!』
(アレク、落ち着いて。怒るだけ無駄だよ)
『だが、希空! こんな奴らがなんで、どうして命を救う側で……!』
(うん、大丈夫。君がそうやって怒ってくれるの、嬉しいし冷静になれるけど……大丈夫、だから)
もしも体がまだあったなら、すぐにでも暴れ出していたであろうアレクの声が——言葉にした通りあまりにも救いだった。そうでもなければ少なくとも、耐えきれず泣いてしまっていただろうから。
「……ありました。ご協力いただきありがとうございます」
そしてようやく、目的の書類を見つけて立ち上がった。腹が立たないわけではないが、まあ本当にあっただけいいか、と。簡単に目を通しながら、部屋を出ようとして——
「おっと、足が滑った」
ノーマークだった足元に差し出された、職員の足につまずいた。
咄嗟に床へと手をつこうとして、しかし叶わず倒れ込む。アレクのいるポーチが、完全に下敷きになった上で——腰元に刺さる、ガラスの感触があったことに頭が真っ白になるけれど。
「では、私はこれで」
立ち上がり、なんとか叫び散らすことなく、私はその場を後にした。