アダムはいなかった 「過去」3

 父は言う。いつかお前は、周りの者を守れるほど強くなれと。

 母は言う。周りの痛みが分かる、優しい人間になってくれと。

 だがそんな期待に反して、俺という人間は——ひどい欠陥を、抱えていたように思う。

 いつもいつも、屋敷の外で体を鍛えるため、雨が降らない限りは父に鍛練という名の暴力を受けた。

 だがおそらく、父にそのつもりはなかったのだろう。痛がればやめてくれたし気遣ってくれたけれど、俺がいつまでも思うようにならないことを、内心ひどく嘆いていたのだろう。

 対して母は、誰かの痛みを理解するには、自分もまた痛い場所がなければいけないから、なんて。思えば励ましだったのだろう、けれど当時の俺からすれば、そんなの暴力に対する正当化でしかなく。

 だから、晴れの日が嫌いだった。雨が降れば、自室でいつまでも本を読んでいられる。だから毎日、雨が降ってくれればいいのになんて思って過ごしていた俺の前に。ある日現れたのは、輝くように美しい少女だった。

 少女は自らをイヴと名乗り、見たこともない力で雨を降らせてくれて。ひとり本を読むだけでも楽しかった雨の日を、彼女と語らい、共に過ごす愛おしいものへと変えた。

 だからずっと、雨が好きだった。毎日雨が降ってしまうと、さすがに周りへの影響が大きいから、と。不審がられない程度に、けれど前よりもずっと高い頻度で降る雨に、俺がどれだけ救われていたかなんて——否。

 救われていたのは、イヴの存在自体にだったのだろう。そんな彼女を愛するようになるまで、そう時間がかからなかったことだけを憶えている。

 そしてイヴも、きっと同じ気持ちでいてくれるという実感があった。だから晴れの日だって頑張れたし、ある程度強くなれた気もする。それでも俺は、父の思う地点まで至ることはなくいたぶられ続けた。

 ……だから、だろうか。

 ひっそりイヴと抜け出して、外で遊んで回った日。騒がしさの中帰宅して、父と母の寝室がある本館が焼けていたのを見て——俺は初めて、イヴに力を使わせなかった。

 だって邪魔だった。そこそこ名家だったこともあり、俺にもそろそろ縁談を、という話を聞いてしまったから。イヴ以外と結婚するなんてあり得ないと、強制されたら死んでやるとも思っていた。

 だから、自分の人生に父と母なんていらなかった。頭を下げて、産んでくれなんて言った覚えは一度もない。むしろ産まれたくなんかなかったと、何度も何度も泣き喚いていたくらいだ。唯一イヴと出逢わせてくれたことだけは、もちろん感謝しているが。

 そして……父と母は死んだ。俺は二人が思うような人間にはなれなかったのだと気付いたのは、あるいはひどく、最近のことだったような気もする。

 俺にはイヴさえいればよかったのだ。

 だからまだ、その死の原因を作った「あいつ」を許せない。たとえイヴが、その者を心から愛していたとしても。

  • 0
  • 0
  • 0

静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内