父は言う。いつかお前は、周りの者を守れるほど強くなれと。
母は言う。周りの痛みが分かる、優しい人間になってくれと。
だがそんな期待に反して、俺という人間は——ひどい欠陥を、抱えていたように思う。
いつもいつも、屋敷の外で体を鍛えるため、雨が降らない限りは父に鍛練という名の暴力を受けた。
だがおそらく、父にそのつもりはなかったのだろう。痛がればやめてくれたし気遣ってくれたけれど、俺がいつまでも思うようにならないことを、内心ひどく嘆いていたのだろう。
対して母は、誰かの痛みを理解するには、自分もまた痛い場所がなければいけないから、なんて。思えば励ましだったのだろう、けれど当時の俺からすれば、そんなの暴力に対する正当化でしかなく。
だから、晴れの日が嫌いだった。雨が降れば、自室でいつまでも本を読んでいられる。だから毎日、雨が降ってくれればいいのになんて思って過ごしていた俺の前に。ある日現れたのは、輝くように美しい少女だった。
少女は自らをイヴと名乗り、見たこともない力で雨を降らせてくれて。ひとり本を読むだけでも楽しかった雨の日を、彼女と語らい、共に過ごす愛おしいものへと変えた。
だからずっと、雨が好きだった。毎日雨が降ってしまうと、さすがに周りへの影響が大きいから、と。不審がられない程度に、けれど前よりもずっと高い頻度で降る雨に、俺がどれだけ救われていたかなんて——否。
救われていたのは、イヴの存在自体にだったのだろう。そんな彼女を愛するようになるまで、そう時間がかからなかったことだけを憶えている。
そしてイヴも、きっと同じ気持ちでいてくれるという実感があった。だから晴れの日だって頑張れたし、ある程度強くなれた気もする。それでも俺は、父の思う地点まで至ることはなくいたぶられ続けた。
……だから、だろうか。
ひっそりイヴと抜け出して、外で遊んで回った日。騒がしさの中帰宅して、父と母の寝室がある本館が焼けていたのを見て——俺は初めて、イヴに力を使わせなかった。
だって邪魔だった。そこそこ名家だったこともあり、俺にもそろそろ縁談を、という話を聞いてしまったから。イヴ以外と結婚するなんてあり得ないと、強制されたら死んでやるとも思っていた。
だから、自分の人生に父と母なんていらなかった。頭を下げて、産んでくれなんて言った覚えは一度もない。むしろ産まれたくなんかなかったと、何度も何度も泣き喚いていたくらいだ。唯一イヴと出逢わせてくれたことだけは、もちろん感謝しているが。
そして……父と母は死んだ。俺は二人が思うような人間にはなれなかったのだと気付いたのは、あるいはひどく、最近のことだったような気もする。
俺にはイヴさえいればよかったのだ。
だからまだ、その死の原因を作った「あいつ」を許せない。たとえイヴが、その者を心から愛していたとしても。